


サザンシアター
こまつ座
井上ひさし
栗山民也
大竹しのぶ、木場勝己、梅沢昌代、山崎一、
阿南健治、神野三鈴、演奏・朴勝哲
03-3862-5941

左が林芙美子役の大竹しのぶ
撮影:谷古宇正彦
「放浪記」で良く知られている女流作家・林芙美子の後半生を歌と踊りを交えた評伝記「太鼓たたいて笛ふいて」が4年ぶりにサザンシアター(新宿)で上演されている。
「放浪記」のベストセラーから売れっ子になった芙美子は、日中戦争が始まった昭和12年に南京、13年には漢口へ作家として派遣されたがその後、戦争が拡大し、日本軍が南方へ進出した1年後の昭和17年には遠くシンガポール、ジャワ、ボルネオなどへも報道班員として現地をつぶさに取材した。
これら南方へ行ったことはこれまであまり知られていない彼女の裏面があるが、なぜ戦意高揚のPRマンになったか、また戦争末期からは、なぜ反戦作家に変わっていったのだろうか、、、。面白く、おかしくドラマが進むなか、ぴりりとした後味が残る作品だ。
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物語は昭和10年、新宿区下落合の林芙美子(大竹しのぶ)の自邸。彼女は前には結婚もしたがいまは母のキク(梅沢昌代)と母子二人暮らし。連日原稿の締め切りに終われ寝る間もない。
そんな時にポリドールの三木孝(木場勝己)が、芙美子に流行歌を書いてもらいにやってきた。彼は何日も足を運んできたが時流に乗る歌詞が書けず、三木が代わりに書き出した。
そこへ尾道から二人の青年が上京して来た。キクとはかつて行商をしていた頃の仲間で仕事がいきずまり、彼女を頼っての来訪だ。一人は加賀四郎(山崎一)、もう一人は土沢時男(阿南健治)。
さらに芙美子に「楽譜を買ってくれ」と若い女が現れた。彼女は島崎こま子(神野三鈴)といい、島崎藤村の姪で、子供の養育院「ひとりじゃない園」をやっていてつぶれる一歩前。
90円あればなんとか子供たちの離散を食い止めることが出来るという。芙美子は「無産者、アカは嫌いだ」と追い返そうとするが、キクは自分の辛い過去もあり見かねてこの金を出してやる。
これまで「戦争は儲かる」と言われてきた。日清戦争で日本が勝ったときには清国から賠償金、当時の国家予算の4倍、3億6千万円も支払わせたのだ。
この調子で、日本は日露戦争、第一次世界大戦にも参戦、ついに満州にも関東軍を派遣満州国を建設したが、、、。芙美子がハルピンへ行くと、芙美子を頼って尾道から出て来た四郎が、関東軍憲兵上等兵になっており、ポリドールの文芸部にいた三木は内閣情報局に出向していた。
芙美子はその後、南京、上海へ一番乗りをするなど、国民を鼓舞する作品を次々と出筆、時代の寵児になった。そして大東亜戦争(当時はこう呼ばれていた)に日本は突入、その一年後には報道班員として南方の国々を取材し帰国してきたが、、、。
帰国後、彼女の戦争への考えかたがガラリと変わり、「反戦作家」になった。なぜだろう。それはこれまで日本軍が日本人に知らせ、広めた良い意味での「大東亜共栄圏」ではなく、まえから西欧列強が現地から絞りあげる植民地政策と変わらない阿漕なやり方に怒り、幻滅したからだった。
戦争の悪化で芙美子は長野県の穂波村へ疎開、荒れ地を開墾、細々の自給自足の生活。今度は打って変わって原稿は書かない。原稿を書かない時期はこの時ぐらいだろう。
国防婦人会で「もう、日本は勝つ見込みはない。きれいに負けることでいい!」なんて発言するものだから特高に目を付けられる。やって来たのは満州にいるはずのいまは警視庁の刑事になっている四郎と三木。時男は戦死してしまった。
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過酷な戦争が終わった。芙美子の家は幸いにも空襲にも遭わなく残った。三木はNHKへ戻り、四郎は格下げされ新宿の警察でパンパン(街娼)狩り担当になっている。
そこへボロボロの服を着、体中真っ白の男が現れる。よく見ると戦死したはずの時男で、彼はレイテ島で捕虜になり助かって帰国したのだ。
平和が訪れ6年経ったニッポン。芙美子はまたしゃかりきに身を削って原稿用紙に向かうがもう身体が、、、。
出演者6人の軽妙な音楽評伝劇で、大竹しのぶ、木場勝己、梅沢昌代らの演技がみごとで、笑いの裏にあるノウ・モア・ウオーが色濃く出ている。
23日〜24日川西町フレンドリープラザ、26日 山形市シベールアリーナ