南北戦争とタラをバックにマーガレット・ミッチェルが書いた「風と共に去りぬ」は1939年(昭和14年)にカラーで映画化され、アカーデミー賞9部門を獲得した名作。日本では1952年(昭和27年)に公開され、これを観た人は、いまでもその素晴らしさを語る映画だ。
エコー劇場で上演されている「風と共に来る」は、「風と共に去りぬ」の制作秘話を舞台化したもので、喜劇をモットーにしているエコーが、4人の俳優をふる回転させ、笑いを振りまいている。
1939年ドイツがポーランドに侵攻した年。海を渡ったここ、ハリウッドはまだのんびりムードだった。だがハリウッドのプロデューサー・ディヴィット・O・セルズニック(安原義人)は、「風と共に去りぬ」を最高の映画にしようと撮影に取り掛かったが、脚本と演出が気に入らない。
そこで彼はおもいきって監督の首を切り、脚本も没にしてしまった。大金を使い多数のキャスト、スタッフ抱えているので中止するわかにはいかない。
ディヴィット(以下、セル)は、「オズの魔法使い」の監督をしているヴィクター・フレミング(後藤敦)を引き抜き、早く脚本を書くのが上手いベン・ヘクト(多田野曜平)を1万5千ドルで、原作・1037ページを103ページの脚本にさせることを強要した。
ところがベンは原作も読んでいないし内容も知らない。それなのにこの大作「風、、、」を「一週間で台本に仕上げろ!」と無茶な要求。そして事務所に呼ばれたヴィクは、すじをベンにわかり易く演技しろとこれまたひどい注文。
それにセルは、出来上がるまで「事務所から外出をしてはならぬ!」と厳命。自分ともども事務者にカンズメになって脚本書きに取り掛かった、、、。セルは「執筆はとけいの針と競争だ!」とお脅かして、、、。
二日後夜中のセルの事務所。 室内は床に紙が散乱、バナナの皮、ピーナツの殻、ダンボールがひっくり返り 、三人は頭はクシャクシャ、ひげぼうぼう、ベンはタイプライターの叩き過ぎで手を痛めうめいている。
ヴィックがメラニーになってお産のシーンを、セルはスカーレットになり、 メラニーに「もっといきんで、、、」と演じ、ベンは3キロも痩せたとぼやく。
こんな状態で全員が死闘、苦闘、悪口、ぼやき、、、と苦戦しながら少しづつ脚本の完成が進む。
さらに二日後の明け方、部屋の中は目を覆いたくなるようにめちゃめちゃ。セルは自分のデスクに突っ伏し、意識不明。ベンはタイプを打っているには違いないが、体力を振り絞ってポツンポツンと打ち付ける。そのスピードの遅いこと。
ヴィックを見れば四つん這いになって最後の食料のバナナ一本を探し回る。セルにはよく尽くす女性秘書のポッペンガル(太田淑子)がいるが、彼女も家へ帰れず事務所に頑張っているが、その姿はあられもない。
まっ赤なスーツはよれよれ、髪の毛はスズメのお宿になって、意識は朦朧。これではルンペンとたいして違いはないだろう。ピーナツを籠に山盛りにしているが、こぼしながら運んでくる。もう事務所の食べ物はピーナツしかないのだ。
タイムリミットまでもうわずか、間に合うか間に合わないか、ベンよ“タラ”が待っているぞ、、、。
世界中を感動させた「風と共に去りぬ」の制作には、こんなメチャメチャなエピソードがあったのだ。エコー劇場は小さな小屋だから予約も難しい。
そうだ!名プロデューサー・セルズニックに頼んで公演延長を頼もう。感動的な喜劇で観なきゃ損ですよ。
なに!「もう体力的に無理だ」って?バナナとピーナツを差し入れるからがんばって、、、。