

歌舞伎座
昼の部
一、「恋い女房染分手綱」−重の井−
二、「奴道成寺」
三、「魚屋宗五郎」
四、「藤娘」
芸術祭参加の十月大歌舞伎で賑わう歌舞伎座
芝翫、菊五郎、玉三郎、田之助、左團次、福助、松緑、
菊之助、團蔵、家橘、権十郎、萬次郎、松也、ほか
10月26日まで
今月の歌舞伎座は芸術祭参加の大歌舞伎で、昼夜の部で時代もの、世話ものがバランス良く上演され歌舞伎フアンには納得できるだろう。それに芝翫、菊五郎、玉三郎の得意芸が見ものだ。
それに芝翫は今年80歳になったが、傘寿を記念して「藤娘」を踊る。年配者には芝翫の芸に対する意気込み、若々しさをたっぷり感じとってもらいたい。
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昼の部 一、「恋女房染分手綱ー重の井−」
由留木家の息女・調姫(片岡葵=片岡亀蔵の長女)が、国元から江戸の入間家に嫁ぐことになり、旅立つ時間になったが、幼い姫は「いやじゃ、いやじゃ」と言って乳人の重の井(福助)や江戸から来た入間家の奥家老本田弥三左衛門(家橘)を困らせ動こうとはしない。
そこで姫のご機嫌とりに門前にいた馬子の自然薯の三吉(小吉)を呼んで、姫の前でお付きの者みんなで道中双六をやって見せる。これですっかり機嫌が直った姫は、旅立ちを承知したので一同ほっとした。
重の井はこの利発な三吉のふるまいに感心して、褒美をやろうとすると突然三吉が「かか様−」と抱きついてきた。ビックリした重の井は、まじまじと三吉の顔を見るとわけあって手放した息子だった。
とはいえいまは由留木の乳人、三吉を抱きしめるわけにはいかない。別れの時が来た。近習たちが三吉に馬子唄を歌わせ、短い母子の再会は終わったが、その後母子はどうなったんだろう?
江戸時代の母子の悲劇を福助と小吉がたっぷり見せてくれる。
二、「奴道成寺」
女方が踊る「京鹿子娘道成寺」はご存じだろうが、立役で踊る「奴道成寺」がある。今回は松緑が白拍子実は狂言師左近として挑戦している。
今日は道成寺で撞鐘(つきかね)が新造され、鐘供養が行われようとしていた。そこへ花子という白拍子(松緑)がやって来て撞鐘を拝ませてくれというので、所化たちは舞を舞ったら拝ませてやろうと言った。
そこで花子は舞始めたが、途中で烏帽子がポロリと落ちて男であることが分かり所化たちはビックリ。じつは花子ではなく狂言師の左近だった。
左近は嘘を謝ると所化たちは踊りを続けろという。そこで左近は面白おかしくお大尽、おかめ、ひょっとこと三つ面を代わりばんこ踊り、最後には隙をうかがって鉄杖を持ち撞鐘に登って所化たちをにらみつける。松緑がダイナミックな「奴道成寺」を披露する。
三、「新皿屋舗月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ)ー魚屋宗五郎」
魚屋の宗五郎(菊五郎)には妹のお蔦がいたが、奉公先の磯部主計之助に手討ちあい、町内が祭りで賑わっているのに宗五郎の家は忌中だ。
家の中には父親の太兵衛(團蔵)、女房のおはま(玉三郎)、小奴(権十郎)がいるが、磯部の仕打ちがひどいと息まいているとそこへお蔦と仲が良かった同輩のおなぎ(菊之助)が、酒を持って焼香に来た。
おなぎはお蔦の死の真相を語って聞かせる。お蔦はとんでもない濡れ衣を着せられ殺されたことを、、、。聞いていた宗五郎は、あまりにも理不尽な主計之助のやり方に腹を立て、それまで禁酒だった宗五郎は、その禁を破っておなぎが持参した酒を飲み出し、とうとう酒樽を空っぽにしてへべれけになった。
それでも恨みを晴らそうと磯部の屋敷に乗り込み、玄関先で大暴れをして家来には手に付けられない。そこへ家老の家老の浦戸十左衛門(左團次)が来て執り成し、主計之助(松緑)も自分の短慮から手討ちにしたことを心から詫びるのだった。
菊五郎のだんだん酔っぱらっていく姿は、妹思いの兄の愛情が、また女房おはまを初役を演じる玉三郎に、それぞれ江戸時代の庶民の情愛がにじみ出ている。
四、「藤娘」
この幕に入る前、場内放送が「始まると暫く中へ入れないので、早めに着席下さい」と呼び掛ける。なぜ?場内は真っ暗なかで幕が開く。
「春いつか暮れて行方も白浪の、、、」と置唄が済むと、場内がぱあっと明るくなって、松の大木にからんだ藤の花が、大きくしだれ咲くいている。そこへ塗傘をかぶった娘姿の藤の精(芝翫)がさっと現れる。
場内割れるばかりの拍手が湧く。これほど目に焼き付く演出があっただろうか、、、。これが歌舞伎舞踊の醍醐味だ。芝翫の傘寿記念の華やかな至芸を満喫できる。
役者は亡くなるまで“現役”といわれるが、若々しさ、みずみずしさが舞台いっぱい。これまでの精進の賜物だろう。
夜の部
一、「本朝廿四孝」ー十種香、狐火ー
幕が開くまでの予備知識を。諏訪明神の使いである狐が護る諏訪法性(ほっしょう)の兜は甲斐・武田家の重宝だったが、越後の長尾謙信が借受けたものの返さなかったので両家は不和になってしまった。
そこで時の将軍・足利義晴は、信玄の嫡男勝頼と謙信の息女八重垣姫を許婚に決め、和睦するように勧めたが義晴は何者かに暗殺され、犯人を捜し出す役目に勝頼が任命された。ところが犯人を見つけ出すことが出来ず。責任をとって切腹してしまった。
それでは長尾謙信の館の場面から、、、。このほど長尾家に採用された花作りの簑作(菊之助)が館の一間に現れた。簑作は実は武田勝頼で、切腹したのは贋者の勝頼だった。
その贋者は腰元の濡衣(福助)の夫だった。八重垣姫は濡衣に簑作との仲立ちを頼むと。濡れ衣はその代わりに兜が欲しいと言った。
そこへ長尾謙信(團蔵)がやって来て簑作に使いを命じる。謙信は簑作が勝頼だと知っていたのだ。そして白須賀六郎(松緑)原小文治(権十郎)を呼び出し、簑作を殺すように追っ手に差し向けた。
八重垣姫は、勝頼を助けようと兜に祈願すると諏訪明神の使いである狐が現れ、狐の通力で氷の張った諏訪湖を渡り勝頼のもとへ急いだ。この場面で人形遣いの右近が登場する。
玉三郎が二十年ぶりに、八重垣姫の役で出演しているのが見ものも一つだ。
二、「雪暮夜(ゆきのゆうべ)入谷畦道ー直侍−」
雪が降りしきる入谷の夜のそば屋内。二人の男がそばを食べながら吉原の大口寮の場所を聞き、そそくさと店を出ていった。続いて現れたのが御家人くずれの片岡直次郎(菊五郎)が入ってきた。
熱いそばとかん酒を注文、そばをすすりながら大口寮の場所をこの男も聞いた。そこへ毎晩そばを食べに寄る按摩の丈賀(田之助)が、今晩も雪のなか顔を出した。
丈賀はぶらぶら病になった大口屋の抱え・三千歳(菊之助)のもみ治療に来ているのだった。直次郎は丈賀を良く知っている。丈賀がそばを食べている間に、なにやら手紙を書いた。
そば屋を先に出た直次郎は、外で丈賀が出て来るのを待って、先きほど書いた手紙を三千歳に届けるように頼んだ。丈賀が大口寮に向かった後、そばを通ったのが直次郎の弟分・暗闇の丑松(團蔵)だ。二人とも悪事を働き追われている。
お互いの無事を祈って別れたが、丑松は「直次郎の居場所を訴えれば自分は助かる−」とこれまでの恩義も何処へやらたれ込みに出向いた。
一方、直次郎は雪道を縫って三千歳に逢いに大口寮へ。再会を喜ぶ二人だが、喜びもつかの間追っ手が迫っていた。「もうこの世では逢う事は出来ない」と三千歳に告げ、捕り方を振り切り闇の中へ消えていった。
いつ観てもそば屋では本物のそばを食べるシーンがあるが、帰りにそば屋へ行きたくなる。幕末の風情が満喫できるのも「直侍」ならではで、菊之助が初役の三千歳は、男を想う心情がなんともいえない。
三、「英執着獅子(はなぶさしゅうじゃくじし)」
女方の石橋物の代表作。傾城のちに獅子の精(福助)が、置唄が済むと恋いに悩む心情を訴えながら振鼓や扇獅子を華やかに踊っているうちにいつの間にか舞台から消え、舞台は清涼山にある石橋へと場面が転換。福助が獅子の精となり、獅子の狂いをを舞う。立ち役の豪快な踊りと異なり、女方の優雅な踊りで幕を降ろす。
ところで歌舞伎座はこの前の戦争で全焼して1951年に再開したが、老朽化と耐震性に不安があるため2年後の4月公演をもって終止符が打たれる。来年1月から2010年4月までは「歌舞伎座さよなら公演」として興行するという。
13年には新しい歌舞伎座として生まれ変わる。この間新橋演舞場を主に行うほか、京都の南座や地方公演も実施する予定だ。どんなニュー歌舞伎座になるのだろう。いまから楽しみに待っていよう。
