

歌舞伎座
吉右衛門、芝翫、富十郎、左團次、玉三郎、
歌六、歌昇、福助、錦之助、染五郎、東蔵、
芝雀、亀次郎、桂三、ほか
9月26日まで
03−3541−3131(代)
今月の「秀山祭」は初代中村吉右衛門の俳号からとった公演で
、今年で三回目を迎え二代目吉右衛門を主軸に、初代所縁の演目
を昼夜に配し、出演者も豪華な顔ぶれだ。
昼の部
一、「竜馬がゆく―風雲篇―」(司馬遼太郎作、齋籐雅文脚本、演出)
昨年の「秀山祭」は「立志篇」で、染五郎の竜馬がみごとだったが、今年はその続篇を同じ染五郎が演じている。
世間を震撼させた「池田屋事件」のその後、神戸海軍操練所塾頭となった坂本竜馬(染五郎)は、多くの若者の血が流されているのを憂慮していたが、土佐藩・郷士・中岡慎太郎(松緑)は、早く“倒幕”をと息巻いていたが、竜馬はまだ時期が早いと諫めた。
京の都は明日はどうなるかわからない時に、おりょう(亀治郎)という娘を救い、親しくしている伏見の舟宿・寺田屋のお登勢(吉弥)に匿ってもらった。
時代はどんどん動いていく。竜馬は西郷吉之助(錦之助)と面談、長州と手を握れ、さもなければ明日の日本はないと詰め寄る。最初仇敵だった長州と同盟を結ぶことは出来なかったが、西郷の英断で薩長連合が成立した。
だが、幕府に追われていた竜馬は寺田屋で幕府の捕り方に囲まれ、おりょうの通報で、やっとその包囲網から逃れることが出来た、、、。それからの竜馬は、、、。
竜馬役にうってつけの染五郎、慎太郎役の松緑が熱演、続篇を期待したい。
二、「ひらかな盛衰記―逆櫓―」
摂津の国福嶋(いまの大阪市)に住む松右衛門(吉右衛門)は、船頭の権四郎(歌六)の所へ入り婿して“逆櫓”(船の前部と後部に船頭を置き、いざというときに前後に動かす)の技術を習得、義経の乗る船の船頭に選ばれた。
権四郎は娘・およし(東蔵)が先夫との間出来た槌松と巡礼に言ったが人混みに巻き込まれ槌松を見失い、取り違えをしたこどもを家に連れて帰り、その子を槌松として育てていた。
そんな折り、女中のお筆(芝雀)が現れ、槌松を返してくれといい、本物の槌松は死んだと告げた。びっくりした権四郎は、松右衛門に仇を討ってくれと頼むが、態度が変わり松右衛門は実は木曾義仲の重臣樋口次郎兼光で、取り違えた子こそ義仲の遺児駒若丸だったのだ。
樋口は義経に近づき義仲の仇を討とうとして入り婿になっていた。そこへ船頭の富蔵(歌昇)、九郎作(錦之助)、又六(染五郎)が、逆櫓の技を習いに来て船に乗り込むが、松右衛門の正体を船頭たちは先に知っていて彼は捕り方に囲まれてしまう。
やがて権四郎の訴えで畠山重忠(富十郎)が姿を現わし、権四郎が駒若丸を救う配慮から訴人したものだった。これが分かった樋口は潔く手を後ろにまわした。
逆櫓は初代吉右衛門の代表的な当たり役だったそうで、今回は吉右衛門が、腰を落とした重厚な演技を見せている。
三、「日本振袖始」 近松門左衛門作
瓊々杵尊(ににぎのみこと)の妃に決まった木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の姉・岩長姫(玉三郎)は、嫉妬深い性格で尊と咲耶姫との仲を妬んで咲耶姫を殺害しようとしたが失敗。十握(とつか)の宝剣を奪い天高く飛び去っていった。じつは岩長姫の正体は八岐大蛇(やまたのおろち)だったのだ。
ここは出雲の国簸の川上。大蛇はいけにえ差し出された稲田姫(福助)を丸呑みにし、八つの瓶の酒を毒酒とは知らずにぐびぐびと飲み干した。
酔っぱらった八岐大蛇を素盞鳴尊(すさのうのみこと)(染五郎)が成敗、大蛇の腹を断ち割り稲田姫を助け出す。神話の世界をもとにした玉三郎の義太夫踊りに迫力とすごみが見所だ。
夜の部
一、「近江源氏先陣館―盛綱陣屋―」
江戸時代の作者は当時の幕府の目があるにも関わらず、さらりと時代をすり替え鎌倉時代にした狂言で、大坂冬の陣を題材にしている。
佐々木盛綱は真田信之、高綱は幸村、和田兵衛は後藤又兵衛、北條時政は徳川家康をモデルにしている。やはり太平の世の中、幕府もみて見ないふりをしていたのかも知れない。
源氏の家督をどうするかで、源頼家と源実朝との間で争いが起り、頼家を推す京方と実朝を擁する鎌倉方が近江の国で合戦となった。
兄の盛綱は鎌倉方、弟の高綱は京方となって戦ったが盛綱の一子・小三郎は高綱の一子・小四郎を捕らえた。ここは戦勝気分盛綱(吉右衛門)の陣屋。
ここへ敵方の和田兵衛(左團次)が上使として現れ小四郎を返してくれと訴えるので、彼を主君の北條時政(歌六)の陣屋に向かわせる。
そして盛綱は母の微妙(芝翫)に高綱を苦しませないためにも小四郎が切腹するように頼んだ。しかし小四郎は、両親に会ってから死にたいと言い、陣屋の外にいる母親・篝火(福助)の声を聞くと自害をためらった。
一方、陣屋夜廻りをする盛綱の妻・早瀬(玉三郎)は、小四郎に会いきた篝火の振る舞いを咎めた。そこへ小四郎を取り戻そうとして高綱が出陣したが討ち死にしたと注進が届いた、、、。
戦のために弟・高綱の首実験までしなければならない苦衷を吉右衛門がたっぷり見せる。
二、「鳥羽絵」
ある店の台所。台所で悪さをするねずみ(鷹之資)を捕まえすりこ木で殴ってやろうとした下男の升六(富十郎)は、持っていたすりこ木に羽根が生えて飛んでいってしまった。
その間にねずみはするりと逃げ出した。唖然とした升六だったがそのうちに逃げたと思ったねずみが擦り寄ってきて升六をかき口説きだした。
今年は子年、富十郎、鷹之資父子が干支にちなんだコミカルな清元の名作を踊り満場を笑わせる。
三、「天衣紛上野初花―河内山―」 河竹黙阿弥作
下谷にある質屋・上州屋に御数寄屋坊主の河内山宗俊(吉右衛門)が、木刀を質草として五十両を借りに来た。これを見た番頭の伝右衛門(吉三郎)は断るが、強請、たかりはお手のものの宗俊は、奥の部屋から出て来た後家のおまき(吉之丞)に頼んだが「今日は取り込み事があるので帰ってくれ」という。
宗俊がその取り込みの中味を聞くと。娘の藤が浪路(芝雀)の名前で、出雲の松江候の屋敷に腰元として奉公していたが、松江出雲守(染五郎)に見初められ妾になれと厳命された。
上州屋は藤が聟をとって後を継がなければならないので断ったが、浪路は主命にそむいたと押し込められてしまった。そこでなんとか戻す方策はないものかと親戚が集まって相談したが、これといった妙案はなかった。
この話を聞き膝を乗り出した宗俊が、自分には娘を取り戻す工夫があるといい、その礼金に「二百両を用意しろ」と言った。番頭にケチをつけられた宗俊が帰ろうとすると、親類の和泉屋清兵衛(歌六)が前金に百両を出した。そして明後日までには娘を連れ戻す約束をして宗俊は上州屋を後にした。
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ここは松江候の屋敷。邸内では家老の高木小左衛門(左團次)が、出雲守に諫言したためあわや重役の北村大膳(由次郎)に斬られるところ寛永寺の門主である輪王寺宮から使僧が来たことを告げられあやうく小左衛門は助かった。
間もなくして到着した使僧の北谷道海(実は宗俊)が、松江候と対面するはずだったが、へそを曲げた彼は会おうともしなかった。そこで宗俊はそれでは「このまま帰ると言い、後はどうなろうか分からない」と家来たちにしゃべると出雲守が出て来て二人だけの密談になった。
その密談の中味は浪路を親元に帰すことだったが、出雲守は首を縦に振らない。そこで宗俊は門主から松江候の乱行を老中に伝えれば「松江家はどうなる分からない」とドスをきかせた。
ここまで言われた松江候は渋々浪路を家に帰すことを承諾、使僧をもてなしてかえすように命じた。近習たちが運んで来た料理には目もくれず、近習頭の宮崎数馬が持参した小判を懐に入れニンマリ。
こうして「浪路救出作戦」は成功したかとみえたが、玄関先で宗俊を呼び止めた男がいた。その男は北村大膳で、顔にホクロがある御数寄屋坊主の河内山宗俊を良く知っていた。
化けの皮を剥がされた宗俊だったが、悪の道には長けている。大名には直参の宗俊を捕らえること事は出来ない。もし自分を若年寄りに差し出したら、松江候の一件を全てばらす。そのまま使僧として送り出すかどうかとキバをむいた。
これを見た小左衛門は、河内山を使僧として帰ってもらうよう大膳押さえた。そして玄間に出て来た出雲守に大声で「馬鹿
め」と言いながら屋敷を後にした。
何度観ても吉右衛門の河内山はすかっとする。権力に立ち向かう男、下手をすれば“死”と差し違える男だが、頼もしいかぎりだ。わがままな松江候初役の染五郎もこれから何度も見せてくれるだろう。楽しみだ。
