

歌舞伎座
昼の部
一、新薄雪物語
二、俄獅子
夜の部
一、義経千本桜―すし屋―
二、身替座禅
三、生きている小平次
四、三人形
芝翫、富十郎、幸四郎、吉衛門、仁左衛門、彦三郎、段四郎、
魁春、芝雀、歌六、歌昇、福助、錦之助、染五郎、ほか
6月27日まで
03-3541-3131(代)
今月の歌舞伎座は、芝翫、富十郎、幸四郎、吉右衛門、仁左衛門と豪華な顔合わせが見もので、歌舞伎のすばらしさが堪能できよう。
昼の部
一、「新薄雪物語」
大きな舞台で、芸達者なベテランが揃わないと上演出来ない演目だ。六年ぶりの上演。これまでこの重厚な狂言を観た客は少ないかもしれない。
幕が開くと満開の桜が咲く、清水寺と音羽の滝が舞台いっぱいに出現、その豪華さに圧倒される。こんな舞台装置は歌舞伎の世界だけのものだろう。
ここへ園部兵衛の息子・左衛門(錦之助)が、守り刀の奉納にやって来た。また幸碕伊賀守の息女・薄雪姫(芝雀)が参詣に来て出会い、お互いに見初めてしまった。この出会いがなければ、、、。
薄雪姫の腰元・籬(福助)と園部家の奴・妻平(染五郎)が手引きをして後日の再会を約束、その日は別れた。だが刀鍛冶の団九郎(段四郎)は、奉納した刀に傷を付け左衛門の失脚を画策した。
それに気づいた来国行(家橘)がとがめようとすると手裏剣が飛んで来て落命してしまった。手裏剣を投げたのは、すべてを我が物にしようとした首謀者の秋月大膳(富十郎)だった。
さらに大膳は薄雪姫から左衛門への恋文を手に入れ、幸碕、園部両家の取りつぶしを謀った。その後詮議のため幸碕伊賀守(吉右衛門)、上使・葛城民部(富十郎)と大膳の弟・秋月大学(彦三郎)、そして園部兵衛(幸四郎)が幸碕家へ連れだって来てきたのだ。
あらぬ疑いに左衛門と薄雪姫が困りはてているところへ、二人の無実を知る来国行の遺骸が運ばれてくる。民部が遺骸を改めると喉元の傷は、大膳が使った小柄だった。
左衛門を幸碕家へ、薄雪姫を園部家で詮議したいという両家の父親の申し出で、若い二人は別々の家に預けられた。薄雪姫を預かる園部家では、兵衛の奥方・梅の方(芝翫)が姫の世話をしている。
ここへ兵衛が現れ、これまでの件は、大膳の陰謀と知りながら証拠がない。薄雪姫が捕らえられて責め殺されてはまずいと腰元の呉羽(高麗蔵)を供にして落ち延びさせた。
そこへ幸碕の家臣・刎川兵蔵(歌昇)がやってきて左衛門が全てを白状したので奉納した太刀で首を打ったと言い、薄雪姫の首を打つようにと言上した。
続いて幸碕が首桶を抱えて、また園部も首桶を手にして現れた。だが首桶には首はなく願書が入っていた。二人は子どもを逃がした責任を取って蔭腹を切っていたのだ。
互いの心が通じ合った兵衛と伊賀守は梅の方を交えた三人で涙と苦痛をこらえ笑い合うのだった、、、。
この芝居のクライマックスを「三人笑い」というが、両家の親が子どもを救うための最後の“笑い”は、強く胸を打つ。
二、「俄獅子」
長唄舞踊。場所は華やかな新吉原。恋人同士の芸者・染吉(福助)と鳶頭・磯松(染五郎)が賑やかに踊る。前の出し物が人の生死が重要な演目だったので、客はこの踊りでくつろげる。
夜の部
一、「義経千本桜ーすし屋−」
三大義太夫狂言のひとつ。「すし屋」は上演される狂言の中で最も多い方だろう。それだけ見どころがあって親しまれてきた。
ここは現在の奈良県吉野の下市村にある釣瓶鮓屋。このすし屋は親父の弥左衛門(歌六)、女房のおくら(吉之丞)と娘のお里(芝雀)と奉公人の弥助(染五郎)がいる。
美男子の弥助は、見込まれてお里の婿に予定で、今日はその祝言の日。お里は心が浮き浮きしていた。そんな時、ここの長男で素行が悪く勘当された権太郎(吉右衛門)が現れた。彼は「いがみの権太」と呼ばれ鼻つまみ者だ。
ここへ顔を出した訳は金の無心に来たのだ。母親を騙し金を手に入れたが、悪いときに父親が帰ってきたので、慌てて金をすし桶に入れた、、、。
父親の弥左衛門も持ち帰ったある物を別のすし桶に隠した。弥左衛門が弥助と二人になると弥助への態度がガラリと変わった。
じつは弥助は平惟盛で弥左衛門は惟盛の父・重盛に大恩を受けたので、惟盛を匿っていたのだ。だが梶原平三(段四郎)に呼び出され、惟盛の首を差し出すように厳命され帰宅したのだった。
夜になり離ればなれになっていた惟盛の妻・若葉の内侍(高麗蔵)が、子どもの六代君と一夜の宿を借りに立ち寄り親子の再会となった。
弥左衛門が持ち帰った「ある物」とは、供の小金吾の首で惟盛の身替りにしようとしたのだ。これまで金を強請り、悪たれをついていた権太郎は、心をあらため、妻と息子を身替りとして梶原に差しだし、自分は腹を切って両親に詫び、惟盛は高野山へ向かう。
吉右衛門は三十年ぶりに権太郎をつとめるがどこか憎めない芸風を見せてくれる。
二、「身替座禅」
どうも昔から男の“浮気”はついて回るものらしい。京の都に住む大名・山蔭右京(仁左衛門)は、さきごろ美濃の国へ出かけ野上宿の遊女・花子とねんごろになった。都に戻っても彼女の事が忘れられない。
そんな折り、花子がはるばる都へ上って来たので、右京は花子のもとへ行きたくてうずうずしていた。だが右京には奥方・玉の井(段四郎)がいる。
右京に惚れ、やきもちやきの彼女はひとときも右京のそばから離れようとしない。さあ、困った右京なんとかして花子に逢いに行きたいのだが、、、。
ここで閃いたのが太郎冠者(錦之助)を自分の身替りに持仏堂に籠もらせ、花子のところへ行くことができた。ところが心配して玉の井が、持仏堂へ来てみたらそこにいるのは右京ではなく太郎冠者だ。
怒った玉の井は、今度は自分が持仏堂で朝まで夫の帰宅を待ち構えていた。そうとは知らぬ右京はほろ酔い気分で帰って来て、身替りの太郎冠者にのろけをたっぷり聞かせた。
ついに座禅ぶすまを右京に剥ぎ取られたその姿は、怒り心頭のあの奥方だった、、、。
歌舞伎の演目にもまるで喜劇みたいな狂言がある。仁左衛門の鷹揚とした大名・右京の上品な笑いが楽しい。
三、「生きている小平次」
新歌舞伎で、大正十四年に初演された。福島県郡山の安積沼(あさかぬま)で一艘の小舟に二人の男が乗って釣り糸を垂れていた。彼らは旅一座の者だ。
ひとりは一座の太鼓打・太九郎(幸四郎)ともうひとりは役者・小幡小平次(染五郎)で長い間の友達だった。ところが今日に限って小平次が、言いにくそうに太九郎に頼み事をした。
それは前から太九郎の女房・おちか(福助)と小平次は不義密通をしていたが「おちかを譲って欲しい」というものだった。
これを聞いた太九郎は怒って舟板で小平次を叩き、沼に沈めてしまう。それから十日後、江戸の太九郎の家。おちかが夫の帰りを待っていると怪我を負うって人相まで変わった小平次が現れ、自分がおちか欲しさに太九郎を殺したと言う。
「もうお上にも知れてしまったので一緒に逃げてくれー」と口説いたので旅支度をしていると太九郎が帰って来た。ウソがばれ、もみ合っているうちに太九郎は今度は本当に殺してしまった。
小平次を殺した太九郎とおちかは、江戸を出奔したが、くたびれ果てたおちかはもう一歩も歩けないという。太九郎は自分一人でも逃げるというので、おちかも重い身体を引きずり後を追うが、その二人をじっと見送る小平次ににた男の姿があった。
幸四郎、染五郎父子の競演で、観ているうちに背中がぞっとしてくる。夏向きな出し物だ。
四、「三人形」
おっかなかった「生きている小平次」の後はがらりと変わり、常磐津の踊りでフィナーレを飾る。新吉原仲之町の行燈に夜桜が映える。評判の傾城(芝雀)と馴染みで傾城に通い詰めている若衆(錦之助)と供奴(歌昇)との軽妙な踊りだ。
