ゴルゴタの丘で磔になったジーザス・クライスト(イエス・キリスト)は最後の一週間、どのように生き、どのように過ごしたのだろうか、、、。
劇団四季は、1973年にロックオペラとして「ジーザス・クライスト」を初演した。「ジーザス」はジャポネスク、エルサレムの二つのバージョンがあつていま上演中のは「ジャポネスク」バージョン。
「ジャポネスク」は、ジーザスから群衆までみな歌舞伎の隈取りの顔にして、音楽には和楽器の鼓や笛、三味線などと洋楽器のコラボレーションを試み。さらに五台の大八車をアクティブに駆動させ、舞台は白い傾斜面を使用しているが、いたってシンプルな装置だ。
かつてソロモン王の時代に最盛期だったイスラエルは、イエスが誕生した頃は、国力は衰えローマの属国に成り下がり、圧政や重税で、国民は毎日が苦しい生活を強いられていた。
民衆は一日も早く救世主が現れ、自分たちを救ってくれること待ち望んでいた。また当時のパレスチナの政治体制は、ユダヤ人のヘロデ(星野光一)がつかさどってはいるものの、ローマ人の総督・ピラト(村俊英)が実権を握り、さらにユダヤ教の大司祭カヤバ(飯田洋輔)が、君臨しているという複雑な国家だった。
一方、イエス(金田俊秀)はガリラヤ湖周辺で、布教活動をしていた。民衆に福音を伝えるばかりではなく、病人を多数治してやるので、この話を聞いた民衆は、我も我もとイエスを頼ってやって来た。
だが救世主と崇められれば、それ以上に自己の無力さに苦悶するイエスだが、彼を慰めるのは街娼だったマグダラのマリア(西珠美)で、高価な香油をイエスにふり注ぐ。
これを見ていた権力者は、自分たちがやがて脅かされ、足下から体制が崩されるのを恐れ、イエスへの弾圧を強めていくことになる。
そんな折り、かつてイエスに洗礼を授けてくれたヨハネが捕らえられたという報に、イエスと弟子らは聖地エルサレムへ向かった。エルサレムへ行くと民衆は、大挙してイエスほめ讃えたが、、、。
過ぎ越しの祭りが近づき、大祭司の館に権力者が集まり、イエスを亡き者にしようと企んだが、このことはイエスは、事前に知っていて、12人の弟子に「司祭たちが私を捕らえ磔の刑にするだろう」と預言した。
弟子の一人、イスカりオテのユダ(金森勝)はイエスの言動についていかれず、祭司長たちにイエスの居場所を教えることを条件に銀貨30枚で主・イエスを売り渡してしまった。
聖木曜日の夜イエスは、最後の晩餐を開いたが、ここで「弟子の一人が私を裏切るだろう」と述べると、ユダは「私ではないでしょうね」とイエスに言うと「あなただ!」。
ユダの手引きで捕らえられたイエスの姿を見た群衆は、救世主の到来と歓喜を持って迎えたのに、それががらりと豹変し、イエスを十字架に掛けろと罵声をあびせるしまつ。
イエスの信頼が高かった使徒・ペテロ(賀山裕二)さえ、咎められると三度も「イエスを知らない」と言い、ユダはイエスを売った自責から貰った銀貨を投げ捨て自殺をしてしまう。
やがてイエスはむち打ちの後、十字架を背負いあの忌まわしいゴルゴタの丘へ向かう、、、。
新約聖書に沿ったイエスの最後の一週間をロック・オペラで綴っていくこの作品は、感動を呼ぶ。民衆を救いきれなかったイエスの孤独、イエスを裏切ったユダの苦悩が見事に演じられいる。
ジーザス役の金田俊秀は「群衆のうねりに翻弄されていくイエスの人間味をしっかり届けられように」演じています」と言っている。
出演者はダブルキャストなので、ここでは私の観た日の顔ぶれです。