12月 
     


07年12月31日(土)大晦日・晴れ
  昼にビタミン剤を飲んで頑張った。今日は本宅の方の片付け物がメイン作業。そうは言うものの、朝一には昨日遣り残した母屋の掃除機掛けと、トイレ掃除。松飾やしめ縄、それに鏡餅は28日の大安に飾り付けてたものの、やっぱり忘れているものがある。一夜飾りでもしょうがないト、弓破魔を2点出してきた。それから本宅の玄関先の花の植え込み。先日買って来たパンジーやデージー、それとガザニア?・・キンセンカに似た黄色い花なのだが素性がわからない。12号トカの巨大駄温鉢の底に発泡スチロールのかけらを入れ、それから大粒、中粒、小粒といれて配置。1鉢では植え切れないので、少し小ぶりのテラコッタ鉢に残りを植え込んだ。それから、門扉2箇所にワンコの脱走避けの取り付け作業。門扉の下の隙間から脱走しないようにポリウレタン製の板を取り付けるだけの作業ではある。そして、このときとばかりに、庭先の片付け。普段の休日は家事と「夢の植木小屋」の整理だけで手一杯で、そのほかの棚の整理整頓が去年の夏以来ゼンゼンできていないのである。寒冷紗を寒風避けにセット。これで少しは作落ちを回避できるだろう。それから本宅の窓拭きに掃除機掛け、布団の取り込みと寝床メイキング。本宅は昨日から家内とセガレが寝ていて、私メは母屋でサクラの付き添っているから寝床メイキングは母屋と本宅別々にやらなければならない。そして本宅のトイレ掃除に風呂掃除、洗車とこなして、夕方にはヘトヘトになっていたが、ビタミン剤が効いたのか、なんとか動けた。しかし、年末の掃除というのはキリが無い。大筋良しとして締めくくるしかない。

07年12月30日(日)晴れ
  朝から大掃除。今日は母屋の片付け物がメイン作業。すす払いから始まって掃除機掛けに雑巾掛け、3時間近く動き続けた。昼食は年末恒例の家内のオゴリ。近所の寿司屋さんで上ちらし。生簀のある寿司屋さんで、正月用のひらめやらふぐが泳いでいる。市場が休みの正月にも新鮮なネタを維持しようということだろう。年明け1月のおふくろ様の三回忌の会食にも予約している寿司屋さんである。夕方からサクラのお迎え。獣医さんの診察室に入ると、ガラス張りの集中治療室に居るサクラと目が合った。サクラの反応は「??????????」。自分の置かれた境遇が判らないようだった。しかし元気そうである。連れて帰るとノエルが大騒ぎ。サクラが居なければ居ないで羽を伸ばして家内でも私メでも独り占めにして思いっきり甘えられたのだが、サクラが帰ってくれば帰ってきたで「サクラ命」である。あまりにも追い回されるものだからサクラも嫌気がさして部屋の隅にうずくまってしまった。28日に手術したばかりで、傷の縫い跡も痛々しく、慣れない病院の集中治療室ではグッスリと眠れなかったかもしれない。急いで抱き上げて、母屋に退避。ノエルはヤキモチを焼いて大騒ぎ。でも仕方が無い。2,3日隔離して体力の回復と傷が癒えるのを待つことにした。案の定、母屋でサクラはグッスリと眠りに入った。


07年12月29日(土)雨ときどき曇り

  『今日は何もしない』。と決めた。大掃除も明日と明後日でこなせばいい。今日はひたすら休むことにした。朝のうちは雨だったので、ノエルの散歩も中止かと思ったが、朝6時過ぎには小降りになったのでノエルを連れて街を一回り。帰宅後また寝た。明日明後日は家で大掃除と決めていたので、外に出かけるつもりはなかった。そうすると、今日は何もしないといってもお年賀や正月の生け花、仏花の買出しには出かけないといけない。午前中10時には車で出掛けたが、ドーも家内の雲行きが怪しい『(私メが)何かしでかしたッケ?・・』・・・首をひねったが、実はこのあと家内は発熱してダウン。38℃くらいまで熱が出たようだ。しかし、家内が強いと思うのは、少し寝れば回復してしまうのである。夕食は家にあるもので、ということで、私メが鍋物を作った。大根、白菜、小松菜、ワカメ、長ネギ、豆腐、豚肉、餅といったものをダシで煮込んでポン酢で食すといった、何鍋といったらいいのか不可解な鍋物であった。夕食に起きてきたときにはまだ青白かった家内だが、鍋を食べ終わるころには体が温まったのかほぼ復活の気配。明日明後日は一人で大掃除というのは免れそうだ。

07年12月28日(金)晴れのち曇りのち雨
  仕事納め。夕方から事務室の一角で軽く缶ビールで打ち上げ。私メは飲めないのでペットボトルの緑茶。今の職場で初めて迎える年末である。談笑の最中に前の職場から年末の挨拶の電話が何本も入る。ありがたいことである。申し訳ないがその度に席を外す。3名しか当たらない阿弥陀クジで私メが当たったときも、電話中。一瞬受話器を置いて「アッ、すみませ〜ん、ありがとうございます」。電話が済んでから部長直々に賞品授与。エラク恐縮。部内グループ毎の軽い宴会で、部長も各グループを挨拶に渡り歩いている。賞品もカンパで集まった軽いもので、当たったのは1000円のクオカードだった。阿弥陀クジも自分で選んだものではなく、仕事で宴会の輪に入るのが少しばかり遅れたために、残ったところに上司が割り当てたものである。当たりを見て『ウ〜ンッ・・これは敬老のイタワリかナ・・』。偶然、男性の最年長者二人と女性の最年長者一人に当たったのである。私メ以外の男性は入社同期の人間でIさんと言う。私メ「Iさん、これって最年長者に当たってるネ」。Iさん「イエ、私は38歳ですから・・」。一回り以上とぼけた。念のため、最年長者の女性というのは、ハイヒールの似合うスラッとしたキャリアウーマンであって、決してオバサンではない。

07年12月27日(木)晴れ
  前の職場の女の子(Tさんと呼ぶ)からメールが入った。Tさん「イタリアのお土産、ありがとうございました。美味しかったです。ウチのパピヨンも元気です。」とのこと。イタリアのお土産のチョコレートを前の職場にも送ったのである。Tさんの言うパピヨンというのは彼女の家で飼っている14歳になる老犬で、私メが前の職場に在籍中はチョクチョク話題になったものである。「蝶耳的椀子(チョウミミテキワンコ)」の件として返信した。私メ「少しばかりでお粗末さまです。我が家ではノエル(3歳)のほかに9月からサクラ(1歳)が加わりました」。Tさん「種類は何ですか?もしかしてパピヨンでしょうか?いいですネ〜。我が家の(パピヨン)も若返らないかしら・・」との遣り取りがあった。サクラが家に来て3ヶ月。すっかり我が家の一員として溶け込んでいる。しかし、前の飼い主さんが飼えなくなったからという事情で引き取ったものの、サクラは女の子である。ノエルとの子が出来れば可愛いだろうが、子供まで家で飼うわけにはいかない。可愛がってくれる飼い主さんを探すのはナカナカ難しいようだし、子犬を手放すときにはキット辛いと思う。それに、何度も子供を生ませるわけにはいかないわけで、いつか避妊手術をしなければいけない。それで、今日、会社から帰ってからサクラを連れて獣医さんに手術をお願いしに行った。明日が手術と決まった。今日に至るまでに家族で議論があったし、お隣のペットシッターのご主人に意見を聞いたりもした。『なぜサクラか?』。ペットシッターのご主人のご意見では「サクラだけで、ノエルは(手術の)必要は無いでしょう。」とのこと。今年5月に17歳で亡くなったチコは10歳を超えてから子宮蓄膿症にかかり、手術を受けている。男の子が病気にならないわけではないが、子供を生まない女の子は病気になる確率が高いという話を聞いたこともある。しかし、病気でも何でもないのにメスを入れる不条理。ペット、愛玩動物といった呼び方から感じる「命」の冒涜。いくら考えても「やるしかない」のだが、気の進まない決断である。アシスタントのお姉さんに抱かれてサクラは少し震えていた。後ろを見ないようにして獣医さんを後にした。簡単な手術だという話もあるが、うまくいってくれることを祈るばかりである。『それにしても、一頭飼いだったら手術の必要もなかったろう。ノエルが居るから手術が必要になったわけである。止むに止まれぬ事情があったようだが、前の飼い主さんに手放され、我が家に来て手術を受けて・・波乱万丈の人(犬)生ダナ・・』。戻ってきたら可愛がってあげよう。またノエルのヤキモチが激しくなって、咬まれて血を見ることがあっても仕方が無い・・・

07年12月26日(水)晴れ
 「午後5時ごろになるとひどく眠くなるのよネ。」と家内の弁である。同じくである。イタリア旅行の時差ボケはもう無いと思うのだが、イタリアから帰ってからというもの、明らかに睡眠パターンが変わっている。私メの場合、依然として睡眠時間は少ないのだが、夜中に目を覚ますことがなくなった。通しで眠れるのは旅の功名である。それでも夕方になると睡魔との闘いに明け暮れる毎日。朝4時半にはワンコの散歩に出かけるので、早く寝ないといけないと思うのだが、6時間の睡眠時間を確保しようと思ったら夜10時半には眠りに入っていないといけない。家に帰ったら帰ったで何かと家事で忙しく、ナカナカ難しいものがある。

07年12月25日(火)晴れ
  「26階までのブラインドを開けておくように・・・」。みなとみらいの街のクリスマスイベントに協力して、ウチの会社も全館点灯トカ。23日から今日までの3日間である。夜7時には退社したが、みなとみらいの街はまだまだクリスマスを楽しむカップルであふれていた。

07年12月24日(月)晴れ
  昨日の夜、運送屋さんが新顔の雪割草を配達に来たようだ。横浜へ出かけていて帰りが遅くなったので受け取れなかったのである。懇意にしていただいている山野草店さんに頼んでおいた雪割草で、「大日輪」という名前のとおりの日輪咲きの花である。交配によく使われた花で、「親の顔が見てみたい」という衝動で探していたものである。今年はその他にも「初鏡」、「青嵐」といった一昔前の交配親が我が家の棚に並んだ。2,3年前だと高くてとても入手できるような花ではなかったが、増殖したのと、ソレゾレの親の血を引いた優秀な子孫が多く出てきたおかげだろう。なんとか親の顔を見ることができるようになった。
  昨日、受け取れなかったので、朝一で運送屋さんに電話をして、受け取りに出掛けた。再配達してもらえばよいのかかもしれないが、運送屋さんも年末で忙しいようで、ナカナカ時間帯が合わないのである。それに私メにとっては到着を落ち着いて待っていられるような花でもない。30分強で運送屋さんまだ往復した。帰りの車では待ちきれずに信号待ちの度に荷解き。帰宅するまでの間に雪割草とご対面。満悦満悦である。帰宅すると急いで髪切りに出かけた。予約時刻まであと30分しかないのに、電車を2つ乗り継がなければならない。ダッシュ!!。午後は午後でホームセンターにペットシートの買出しに出かけないといけない。合間に掃除機掛け、玄関の洗出しなどを消化しなければならない。家事が一段落して、ホームセンターへ出かけるころになると猛烈な睡魔に襲われた。昼寝でもしたいところだが、車を出してホームセンターと園芸屋さん、そして生協と回った。園芸屋さんではサクラソウの植替え用土と正月の生け花に使おうという千両、それと玄関先を飾るパンジーなどのお買い得セットを購入。帰路、郊外レストランでお茶でもして一息いれようと思ったが、洋菓子系の郊外レストランはケーキを買い求める客でいっぱい。郊外レストランでクリスマスをやる家族で客席もイッパイ。仕方なくこれも郊外系のドーナッツ屋さんで一休み。クリスマスはドーナッツ屋さんは空いている。しかし、同い年くらいの小学生を二人連れたお父さんが山ほどドーナッツを買って、客席に着いた。余計なおせっかいだが『お母さんはどうしたんだろナ・・』などと考えてしまう。帰宅は夜8時近く。夕飯は10時を回ってしまった。3連休といいながら、忙しい3日間だった。

07年12月23日(日)雨のち晴れ


大桟橋からのみなとみらい地区夜景遠望

  朝は冷たい雨。ノエルとサクラの散歩も中止。朝6時ごろに一旦目を覚ましたが、また寝た。8時半ごろ起きると雨が上がり始めている。セガレと連れ立って近所の量販店に出かけた。セガレがアルバイトを変えるというのでワイシャツと黒ズボンを買いに出掛けたのである。蝶ネクタイは昨日のうちに買ってあるので必要ない。ワイシャツと黒ズボンで4000円なり。昼前に帰宅すると、雨は完全に上がり陽が射してきた。今日は我が家のクリスマスイベントで、みなとみらいで食事をして山下公園、中華街、元町を散策することなっていた。朝の天気だと散策は無理だし、食事だけしてあとはどうする?と名案も浮かばずにいたが、天気が回復してきたことで予定通り計画実行となった。上記写真の右端がコンチネンタルホテルで、その4階部分(だったかナ?)にレストランのラベラがある。ブッフェ形式なので、好きなものを好きなだけ食べて(最後は満腹に苦しみながら食べて)、腹ごなしに元町方面に歩いた。午前中が雨だったので、事前準備ができなかっただろう。去年ほどの屋外イベントは催されていなかったものの、街は十分にぎやかで、夜遅くまで駐車場待ちの車が列を作っていた。しかし、昨日といい今日といい、出かけることが多い。1日くらいは何も無い休日で、ひがな雪割草でも眺めていたいところだが、明日も午前中に髪切りに出かけなければならない。夕方からはホームセンターでペットシートが安売りだというので、車で出かけるようである。今日も結局は帰宅は夜10時近く。昼12時に家を出たから10時間に渡って外を彷徨っていたことになる。いささか歩き疲れた一日であった。

07年12月22日(土)曇りのち雨
  午前中にセガレと医者に行った。旅行中は行けなかったので3週間ぶりである。私メは今日で終わり。セガレは年内にあと2回来るように言われている。セガレとは途中で分かれて、私メは二子玉川へ注文していたスーツの仮縫いへ。これも旅行で行けなかったので、仕上がりは来年1月19日となってしまった。帰宅すると、先に戻っていたセガレの冬物衣料を買いに港北ニュータウンへ。帰宅は夕方6時過ぎ。途中から雨が降り出す寒い日で、外仕事はいずれにしても何も出来なかったのだが、時間が足りない。冬至で柚子湯につかる。

07年12月21日(金)晴れ
  朝のノエルとサクラの散歩が辛かった。出勤時も妙に寒い。明日からセッカクの3連休だというのに風邪を引かなければよいのだが。23日からはみなとみらい地区のクリスマスイベントに合わせて高層ビル群がブラインドを開け放って点灯するトカ。私メの勤めるビルも「退社時には26階まではブラインドを開け放っておくように」と繰り返し館内放送が呼びかけていた。あいにく明日から空は雨模様。みなとみらいで食事をして、元町・中華街へ繰り出そうという我が家のクリスマス散歩もどうしたものか。思案どころである。

07年12月20日(木)晴れ
  復活したようで、やっぱり復活していないのだろうか。時差ボケである。チョット前にしたことを忘れていて同じことを繰り返してしまった。ワープロベースの1枚物の簡単な日誌なのだが、同じものを2度も提出してしまった。物日で忙しい一日だった。前の職場から出張で来ていた女の子の面倒を見たり、計数チェック、端末操作と、忘れるとオオゴトになる作業が目白押し。ボケが心配。

07年12月19日(水)曇り
  イタリアでご一緒したお坊さんご夫婦に手紙を書いていたら、寝たのが0時を回り、若干寝不足。今の職場に移って3ヶ月余りの新参者なので、うたた寝をしているわけにもいかない。今日は少しは早めに寝たいところだ。帰宅後、冬至も近いので、暗い庭に脚立を立てて柚子の取り入れ。夜はセガレがイタリア土産のイカスミを使ってイカスミリゾットを作った。唐辛子とドライトマトを混ぜたとのことで、美味。

07年12月18日(火)晴れ
  イタリア旅行の同じツアーで知り合った長野のお坊さんご夫婦に写真を焼き増しして送るなど手続き。しばらくは写真の整理、旅行の記録作成で楽しめそうである。寒い。雪割草1鉢追加。

07年12月17日(月)晴れ
  時差ボケの効用だろうか、途中で目を覚ますこともなく連続して眠れる。しかし、元の生活に戻っても若干睡眠時間が短めか。旅行先でも睡眠時間は1日に3,4時間で、帰国後は4,5時間だから少しは改善されているのかもしれない。

07年12月16日(日)晴れ
  昨日は妙に早く眠くなり、最近になく長時間、連続して眠ることができた。今日は明日から始まる仕事のために骨休めの一日のはずだが、午前中は旅行中に亡くなった近所のお婆さんのお宅に弔問。帰ってくると例によって布団干しに洗濯、掃除機掛けと続き、途中、帰国の挨拶に実家に出かける家内を送り、帰ってくると布団の取り込みに寝床メイキング、いつもと変わらない日曜日となってしまった。

07年12月15日(土)晴れ→成田→自宅
  イタリアに出掛けてまいりました。海外旅行というと20年以上も前にサイパンに出掛けたくらいで、その後何度か機会はあったのですが、親父殿の病気や多発テロでキャンセル続きでした。多発テロのときはキャンセル料まで負担したものですから後遺症が続いて、ようやく今回のイタリア行きにこぎつけたような次第です。苦笑事もケッコウありましたが、社会見学とか海外経験という意味では充実した旅行だったと思います。ローマ発が現地時間の午後3時(日本時間午後11時)で、成田到着が15日の午前10時30分で、11時間30分ほどの空の旅でした。

  イタリア旅行の写真は追々編集して日記にも貼り付けたいと思っていますが、とりあえずはおおまかな行程を日記に掲載しておくことにします。

07年12月14日(金)曇りときどき晴れローマ→
 
帰国の日です。ホテルのロビー集合が午前10時30分でしたので、早めに朝食を済ませると、ナボナ広場の先でやっている朝市を見学しに行きました。


07年12月13日(木)晴れ
ローマ

  ローマでは午前中にガイドさん付きでバチカン美術館、システィーナ礼拝堂を見学し、午後は自由行動です。バチカン→ナボナ広場→パンテオン→真実の口→コロッセオ→フォロ・ロマーノ→スペイン広場→ポポロ広場→ホテルと精力的に歩きました。右の写真がコロッセオ。



07年12月12日(水)晴れ
フィレンツェ→オルヴィエート→ローマ
 フィレンツェからローマへの移動日です。途中オルビエートという小さな町に立ち寄りました。岩山の上にある綺麗な町で、大きな礼拝堂があります。ベネチアやフィレンツェ、ローマといった大都市の観光もいいですが、こうした小さな町も見逃せません。左の写真がオルヴィエートからの眺めです。


07年12月11日(火)晴れ
フィレンツェ
  一日フィレンツェの街を見物しました。午前中はガイドさん付きでメディチ家の収蔵品を展示するウフィッツ美術館見学。午後は自由行動でしたので、市場でオレンジやドライフルーツを買って俄かイタリア人気分です。写真は路上の焼き栗売り。日本の甘栗よりも美味しく感じました。


07年12月10日(月)朝霧のち晴れ
ベネチア→フィレンツェ

 ベネチアからフィレンツェへの移動日。だいたい260Kmをバスで半日掛かりなのですが、トラックの運転手さんのストライキがあって、高速道路の出入口に大型トラックを止めて交通を遮断するものですから、大渋滞。1時間以上遅れてフィレンツェを望むミケランジェロ広場に到着しました。左の写真はフィレンツェのシンボル、サンタ・マリア・デルフィオーレ教会(ドウォーモ)の遠望。

07年12月9日(日)曇りのち雨
ベネチア
  とにかく貪欲にイタリアを楽しもうと、朝の6時からベネチアの街の散策に出かけました。イタリアの夜明けは日本よりだいぶ遅く感じます。朝7時になってもまだ暗いという感じです。右はサンマルコ広場から望むサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会。下が昼の姿です。サンマルコ広場からゴンドラに乗りました。



07年12月8日(土)曇り
自宅→成田→ミラノ→ベネチア


  午後2時のミラノ行きの便だというのに、家を朝5時半に出て、成田には9時に到着していました。ナンセ初めてに等しい海外旅行ですから、成田空港の雰囲気までタップリ楽しんでしまった次第です。便はアリタリア航空のミラノ便でミラノ乗換えで現地時間の8日夜8時半にベネチアに到着しました。ザッと13時間の空の旅で、腰に来てしまいました。

07年12月8日(土)〜15日(土)

  出かけますので、日記は少しお休みします。

07年12月7日(金)晴れ
  ようやく週末を迎えた。今週は忙しくはなかったのだが体調の優れない一週間だった。出かける準備でいろいろ忙しかったこともあるが、仕事に集中するのに一苦労だった。

07年12月6日(木)晴れ
  「夢の植木小屋」はしっとりと湿度を含んでいい感じである。植替え後に頻繁に活力剤を与えたのが効いたのか、調子の良い雪割草は近年にない超デカ芽をつけている。来春が楽しみだ。それに比べ職場の乾燥がヒドイ。犬ではないが、鼻(の奥)が乾いてヒリヒリするので鼻をかんでみると血だらけ。粘膜乾燥で毛細血管が切れてるのだろうか?粘膜が乾くとインフルエンザのウイルスが増殖するとか。健康維持の綱渡りヤ〜デアル。

07年12月5日(水)晴れときどき曇り
  週中(週中)。12月だが、それほど忙しくない。職場の早帰り日なので、夕方6時前には退社。会社への行き帰りにマスクが離せない。職場でも斜め前に座る女の子が咳をしているし、昨日、不調で早退した女の子がマスクをして仕事をしている。風邪を引くのは年寄りばかりじゃないんダと、少し安心する。荷物発送。サイは投げられた。

07年12月4日(火)曇り
  今年のインフルエンザは1ヶ月も早く流行し始めたトカ。北海道がダントツで2位集団に神奈川も含まれているトカ。乾燥しているせいか、なんんとなく喉がイガラッぽい。何時体調を崩すか冷や冷や物である。

07年12月3日(月)曇りのち雨のち晴れ
  洋行の準備でアチコチ電話を掛けたり、問い合わせたり。会社も早めに切り上げて横浜駅前で洋行準備の用足し。東口、西口と早足で飛び回り、寒い割りには汗だくになってしまった。これで冷えては風邪を引いたら元も子もない。

07年12月2日(日)晴れ
  今日は午前中に車を出して雪割草の大先輩宅まで往復した。雪割草の交配苗を譲ってもらうためである。変わった色の標準花と段咲き整形花の交配種である。日曜日の朝なので車が空いていて片道30分。朝8時過ぎに家を出て帰宅は9時半。帰宅すると布団を干して、シーツを外し、洗濯機に掛けた。それから寝室と廊下の掃除機掛け。早めにノルマをこなして雪割草の世話をしたいところである。しかし、昼から、家内と連れ立って隣町のショッピングセンターまで出掛けることになってしまった。洋行のための生活用品調達である。自分のことだから仕方が無い。雪割草の世話はほぼ諦めた。ショッピングセンターから帰ると、リビングの掃除機掛け。布団を取り込み寝床メイキング。それから風呂掃除をこなすと既に夕色が濃い。しかしやはり少しでも雪割草の世話をしたく、急いで植替えの準備をして1鉢植え替えたところでノエルとサクラの散歩。小一時間で帰宅して、植替え続行。少し寒気がしてきたので、途中で諦めて植替え終了。2日間の成果は植替え8鉢と20ポットの表土換えだった。我が家のクリスマスパーティーの予約を入れた。クリスマスパーティーと言っても、横浜のみなとみらいのホテルでブッフェスタイルのランチを食べて、山下公園、元町とソゾロ歩くだけのイベントである。インターネットで予約を入れようとすると予定日12月23日(日)は満席とのこと。『だから早く予約入れた方がいいッテ言ったのにヾ(`ε´)ノ』と家内の声が聞こえて来そうだ。『このままではいけない・・・( ̄_ ̄ ;)』と、直接電話を入れた。少し昼時間からはズレたが首尾よく座席を確保。多分、インターネット枠というのがあって、多少の融通は利くということなのだろう。

07年12月1日(土)晴れ
  暖かい週末となった。絶好の園芸日和といきたいところだが、午前中はセガレと連れ立って医者通い。セガレはそのまま東京へ出るというので駅で別れた。地元の駅まで戻り、商店街に買い物に出ていた家内と合流して昼食を摂って帰宅。道すがら、家内曰く「(私メが出かけている間に)雪割草が届いたヨ」。私メ『・・・・・・?・・アッそうか、鉢ダ・(^-^ )"』。頼んでおいた雪割草鉢が届いたのである。私メが少し前まで通っていた陶芸教室の先生の作品である。『さすが・・』。植え口から高台にいたるラインが絶妙だ。『この鉢に負けない雪割草は何かな・・』。思い巡らすのも楽しい。化粧鉢なので野の花よりも豪華な交配種だろうか?。あるいは端正な二段咲きなども似合うかもしれない。荷解きをして鉢を鑑賞するのもソコソコに午後は家内の長姉宅へ訪問。イロイロと洋行のノウハウをヒヤリングさせていただいた。帰宅は夜7時過ぎ。ノエルとサクラの散歩に出て、本日は終了。雪割草の世話は何もできない一日だった。