5月     


06年5月31日(水)晴れ
  診察は9時というのは4月13日の初診のときに決まっていたので、遅れてはいけないと思い、20分前には受付を済ませて待合室で待機していた。まだ早い時間帯だったので待合室には太めの女性が一人居るだけだった。9時になって自分が呼ばれるかと思いきや、その太めの女性が先に呼ばれてしまった。『ダブルブッキング?』。マアそんなこともあるカ〜、と次の呼び出しを待ったが待てど暮らせど呼ばれない。結局9時40分を回ってようやく呼ばれた。9時の予約というのは何だったダ?月末の忙しいときに無理して来ているのだから何とか配慮してもらいたいものである。だいいち、診察室は三つあって、私メの担当医は真ん中の部屋だったのだが、両脇の部屋は次々に患者が呼ばれていくのである。太めの女性が重病なのか否か分からないがチョット見た感じではそんなふうには見えなかった。呼ばれて病室に入って、担当医曰く「胃の具合はいかがですか?」という問いかけに、私メ「イヤ〜胃の具合はだんだん良くなってきたんですが、体のバランスを崩したのか、アチコチ(左胸が)痛くて・・」、捕らえどころの無い症状なのであまり大げさにも言えない。担当医から「どこが痛いんですか?」との問診を期待したのだが、「薬が効いたんですネ。それでは検診の結果ですが・・」。無視された。忙しいのかもしれないが、検査結果だけしか聞けなかった。結局、脂肪肝はいつものとおりなのだが他は特に重大な疾患は無いとのこと。ただし血液検査の結果、中性脂肪が驚異的に高いということが判明。担当医曰く「体重を落としてください。心筋梗塞などの危険があります。」私メ『それを心配してるんじゃないか・・・』。結局診察は10分足らずで終った。

06年5月30日(火)晴れ
  困ったもんで、回りに影響されやすい性格というか体質というか、親父殿の永眠のときも体調を狂わせた。今もお袋さまの永眠の影響を引きずっていて、超音波をかけたり胃カメラを飲んだりしている。お袋さまの葬儀が終って出社した途端に会社で一緒に仕事をしているメンバーが倒れて1ヶ月入院した。その影響か左胸に痛みがある。その代わり右脇腹の違和感は影を潜めている。寝不足のときに痛みが顕著なのでそれが原因なのではないかと思うが、気の重い話しである。明日は午前中9時から超音波と胃カメラの結果を聞きに行かねばならない。

06年5月29日(月)晴れのち曇り
 5月20日の「青丹よし奈良2006」を公開しました。


  少し好調。昨晩は「朝のノエルの散歩がキツイんで、一週間に何日か代わってくれまいカ・・」などとこぼしていたが、ノエルに寝顔を覗き込まれて、目を開けた途端にノエルと目が合ってしまうと起きないわけにはいかない。電車の往復で何とか睡眠時間を確保。夜、カンアオイのY氏と、雪割草のH氏に電話。沈んだ気持ちに少しばかり勢い水を浴びせないといけない。

06年5月28日(日)雨の晴れ
  休日だというのにやはり4時間程度の睡眠時間。午後に昼寝を予定していた。午前中は例によってノエルの散歩から始まり、朝食準備。朝食後は10時からノエルのトリミングということでホームセンターに出かけた。帰宅後、雪割草のカイワレ苗を移植。根気が無く、24ポット作るので精一杯。自宅の掃除機掛けをして昼食。昼食後は昼寝かと思いきや、母屋の片付けとなてしまった。毎週土曜日は雨が降らなければ資源ゴミの回収があるのだが、ここのところ土曜日というと雨だったり出かけていたりでなかなかゴミが出せず、整理した資源ゴミで母屋の玄関がイッパイになりつつある。外も草むしりや植木の剪定など、やることは盛りだくさんなのだが手が回らない。母屋から門に向かう道は森と化してしまった。そんなことをしていて結局昼寝はできず。夕食の準備や後片付けを手伝って、就寝はヤッパリ夜の12時近かった。明日からまた仕事が始まる。

06年5月27日(土)
  この土日は睡眠時間を取ることにした。つもりなのだが、睡眠不足でも朝起きてしばらくは眠くないのである。タイガイは午後に睡魔に襲われるわけで、午前中は疲れない程度に動きまわった。朝のノエルの散歩。雨降りだったが、ノエルはヘッチャラで山の上まで駆け上がってしまった。帰ってきてから母屋の仏壇にお茶を供え、朝食の準備。朝食を摂ってから、お袋さまの祥月命日の墓参り。その後、家内とセガレが用足しに出かけるので車で駅まで送った。真っ直ぐ帰るのもつまらないので、気晴らしに園芸フェスティバルが開催されている近所の緑地に寄った。例年多くの人を集めるのだが、今日は雨降りで閑散としている。去年までは山野草の恩師の一人が青空園芸教室を催していたフェスティバルである。一回りしてみたが、一般客相手の鉢花や植木が多く、マニアックなものは少ない。そうは言っても黒酢を作ったような甕を1000円で売っていたので購入。それとチョビ斑の八角蓮の苗を買った。その他に地元のJAの出店で辛味大根、トマト、レタスなど買って帰宅。昼食を一人で摂らないといけないのだが、脂っこいものは避けることとして、『さて、何処で食べようか・・家に帰るとノエルにからまれるしナ・・』。結局、一旦帰宅して家に車を置いて近所の蕎麦屋さんに出かけた。この蕎麦屋さんは家に一人で居るときなどにときどき食べに行くのだが、いわゆる蕎麦屋本流の蕎麦屋では無い。焼肉定食とか、チャーハンから日本蕎麦までなんでもやっている一善飯屋風の‘食堂’なのである。『何にしようかナ・・』。冬に来たときはカレー南蛮に半ライスといった注文だったのだが、暖かいときはあまり来たことが無い。冷やしたぬきそば大盛りネ。」多分大丈夫だろうと思って注文したのである。‘大盛りの量が’である。後悔した。出てきた冷やしたぬきそばに箸をつけて、『蕎麦が重いッ!?』と実感した。茹でたての美味しい蕎麦なのだが、ザッと三食分はありそうだ。最後には胃袋の悲鳴が聞こえた。

  購入したチョビ斑の八角蓮だが、値札にも「斑入り?」と疑問符がついているほどチョビ斑なのである。消えてしまう斑もあるが、良くなる場合もある。以前入手したチョビ斑のヤブレガサが今はリッパに斑を乗せている。今後に期待したい。帰ってきてからは洗濯物を内干しにしてから昼寝。例によって週末の気抜けか、少し風邪ッポイ。


チョビ斑拡大

06年5月26日(金)曇り

  インターネットの検索で調べてみる。‘左胸の痛み’。結構出てくるものである。奈良に出かける朝もソウだったのだが、ここのところ恒常的に左胸が痛む。『胃の次は胸かい・・・』。今日も一日中軽い痛みがある。以前から風邪のときなどに痛むことはあったから、その流れだろうとは思うが、あまり気持ちのよいものではない。検索の結果、‘医者に相談してみた方がよい。’というのは当たり前の話しである。今までさんざん右側の背中が痛いとか、胃の調子がすぐれないとか言ってきたので「またかい・・」といわれかねないから気が重いのである。検索の結果では、‘残業をひかえ、睡眠を十分に取って体調を整えてみましょう。’とのコメントもあり、残業はもともと無いが、多分全ての元凶は「睡眠不足」なのではないかというところに行き着く。5,6年前から慢性的な睡眠不足が続き、ここのところのお袋さまの入院と葬儀で完全にバランスを崩したのかもしれない。‘ヨンさま’も軽い不眠症とかで話題になっているし、『そんなこともあるカ〜・・』と様子をみるしかないかナ・・

06年5月25日(木)晴れ
  そろそろ夏のスケジュールと思っていたのだが、会社の女の子に先を越されてしまった。新潟での雪割草の会合に合わせて毎年休みを入れていたのだが、女の子の休暇スケジュールとぶつかってしまったのである。ただでさえ人数の少ないセクションなので同時には休暇が取れない。自分が休暇を少しずらすしかないが、新潟へ行く理由が希薄になってしまった。

06年5月24日(水)曇りのち夕方から雷雨
  久し振りに少しばかり残業。やるべきことは目白押しなのだが、差し迫った期限のあるものはない。そんなわけで残業は減って、帰宅時間は早くなるのだが、自分で自由になる時間はどんどん減ってゆく。4,5年前は残業も多く、その分自由になる時間も多かったのだが、最近はメッキリである。夕方から雷を伴った大雨。

06年5月23日(火)曇りときどき雨
  バテてしまいました。家内もバテ気味。ドーモ家族というのは似るようで、私ともどもヤットの思いで一日を過ごしたといったところでしょうか。3ヶ月程度でしたが、お袋さまの看病のあと葬儀。歳をとってから一旦体調を崩すと回復まで長引くのかもしれません。3ヶ月程度で体調を崩すとはナント軟弱なとも思うのですが、昨年の12月に体調不良で胃カメラを飲み、また昨日胃カメラですからネ。別に医者など行くこともなかったのかもしれませんが、体調に変調を来たしているのは事実で、セッカクだから念入りに調べておこうか、といった乗りです。31日に結果が出る予定です。

06年5月22日(月)曇り
  胃カメラ検査が午前中10時20分からありました。今日は検査もあったのですが、奈良行の骨休めの意味もあって会社には休暇を申請していました。胃カメラは前に2度ほど受けたことがありますが、今日の胃カメラは別の病院です。段取りはほぼ同じなのですが、麻酔と注射の効き方が違いました。麻酔は、前の場合は仰向けに寝てノドにドロッとした麻酔薬を流し込んでしばらく我慢したあと吐き出させるもので、それを2回繰り返します。今回は椅子に座ったままやはり2回スプレーでノドの奥に吹きかけるものでした。これはノドに溜めて我慢することもなく、すぐに吐き出しOK。続いて注射は、前の場合は打った途端に意識が朦朧として胃カメラ挿入も夢うつつだったのですが、今度は筋注射で意識もハッキリしています。「余裕があったらモニターを見てくださいネ」なんて女性の看護師さんに言われましたが、自分の胃の中はあまり見たいものでもありません。ほとんど目をつぶっていて時折薄目で確認する程度です。結果は多少胃炎はあるもののおおむね良好とのこと。ただし、一部粘膜を取って検査するので、結果は次の来院時に主治医の先生から伝えられるようです。予約の胃カメラだったので、予定どおり終了。昨日までの疲れもあって帰宅後昼寝となってしまいました。夕方4時に起き出して、今度はノエルの狂犬病の予防注射で、近所の獣医科さんまで車を出しました。去年の注射のときが大騒ぎだったの戦々恐々としていたのですが、今年は大人しくしていて、大人になったのかナとホッとした次第でした。明日から会社。この次の土日ではもう少し棚の世話もしてやりたいところです。

06年5月21日(日)晴天
法輪寺三重塔
  旅館のアンケートに「奈良を訪れるのは何回目ですか?」という‘Question’があり、家内と「25回目くらいかネ?」との‘Answer’。中学校の就学旅行はともかくとしまして、私メは学生のころにお水取りに2回、奈良の大文字送り火に1回は来ていますからそれで3回。結婚してからも毎年のように来ていますからそれくらいになるはずでしょう。そんな話しをしながらチェックアウト。今日は斑鳩を回る予定にしていましたので近鉄奈良駅に荷物を置いてJR奈良駅まで歩き、奈良線で法隆寺駅下車。暑い日で、日差しの強さがたまりません。駅前にレンタサイクルがあり、自転車で回ることにしました。最初は法隆寺。こちらに訪れるのは本当に中学生の修学旅行以来かもしれません。案の定今の時代も修学旅行生の浪。しかし、百済観音や季節的に未公開の救世観音、玉虫の厨子など法隆寺さんの物持ちに改めて感嘆。人波で疲れますが、お隣の中宮寺でホッと一息。弥勒菩薩の半迦思惟像に波長を合わせて束の間のいこいのひとときでした。法隆寺をあとにして法輪寺、法起寺をまわるころには再び家内がバテてきましたので、早めに切り上げて帰途につきました。奈良の街で「柿の葉寿司」、京都駅で「蓬莱の豚マン、シュウマイ、餃子」、それから「赤福」、「アジャリ餅」などを夕食兼お土産として購入。京都発夕方6時のひかりに乗り、新横浜着が夜8時30分。自宅着は9時を少しまわっていました。帰りつくと急いで棚に水遣り。真夏ではありませんが、二日間家を空けたうえに二日間とも上天気だったようなので鉢の乾きが心配でした。暗いなかでの水遣りでしたが、なんとか持ちこたえてくれたようです。私メは翌日胃カメラの検査が予定されているので、前の晩は9時くらいまでに食事をして、あとは検査まで飲まず食わずでいなければならなかったのですが、柿の葉寿司やシュウマイを少しばかりつまんで消灯。忙しかったけれど楽しい奈良行でした。

06年5月20日(土)曇りときどき晴れの荒れ模様のち晴天
新横浜に到着する「のぞみ1号」。クリックで「青丹よし奈良2006」

  突然ですが用足しに奈良へ出かけました。ついでに一泊で奈良観光です。天気予報では台風の影響で今日は雨模様。朝4時に起きてノエルを散歩に連れ出したときは青空に東雲の月が見えるのですがチギレ雲がえらいスピードで流れて行きます。日の出は見れそうなのですが、西の空は真っ黒。湿度が高くときおり雨粒が混じります。強い風に木々の葉が煽られてザワめきます。とにかく荒れ模様の朝でした。散歩から帰ると母屋に足を運び仏壇にお茶出し。ノエルとチコの食事の世話をしてから5時過ぎには家内と連れ立って出発しました。新横浜発が6時18分ののぞみ1号。2時間で京都に到着して、そのあと奈良まで1時間。午前中には用足しを終えて、いつも立寄る喫茶店で400円モーニング。もう20年も前から奈良に来るとお邪魔しているお店で、私メもおじさんになりましたが、カウンターの中の娘さんたちも十分おばさんになっています。モーニングのトーストと「ユデたまご」・・・「イリたまご」はいつのころからか「スクランブルエッグ」と言い出しましたが、「ユデたまご」は「ボイルドエッグ」とはナカナカ言えませんネ・・・シンプルにこの2品とコーヒーだけなのですが、これがまたいつも変わらず美味いのです。たまごのユデかげんなどは最高。思わず「9.5!!」。演技の採点ではなくて単に19の半分です。「半19・・半熟」・・・ウ〜ンッ、十分おじさんですネ。さて、モーニングと言いながらモウ12時近く。何か食べないといけないネということで、三輪の森正まで素麺を食べに行きました。モーニングを食べたそばから重いものは食べられないです。三輪大社というのはもちろん神社ですから、喪中の私メらは鳥居をくぐることができません。門前の森正で私メが素麺、家内がにゅうめんをいただきました。鳥居をくぐることはできなくても、三輪大社の御神体である三輪山は十分見られるわけです。奈良の山というのは特徴的な山が多いのですが、三輪山はその中でも好きな山です。万葉集に額田王の歌として「三輪山を 然も隠すか 雲だにも 心あらなも 隠さふべしや」というのがあり、大和を離れる額田王がなごり惜しんで歌ったトカ。「奈良の山」という感じがして遠くからも近くからも目に留まることが嬉しい山です。三輪から奈良の街に戻り、宿泊荷物を近鉄奈良駅に預けました。それから、猿沢の池に出て一休み。今3時半で、宿の車が5時に近鉄奈良駅に迎えに来ることになっていました。私メ「東大寺の二月堂までこれから往復するのはチョットきついんジャないかナ・・・」。家内「せっかく来たのだから行こうッ」。ということになり猿沢の池から県立博物館を経由して東大寺の境内に出ました。季節はまさに修学旅行の真っ最中。東大寺境内は人の波で埋め尽くされています。学生さんをかきわけかきわけ二月堂に至り、隣接したお茶屋さんでわらび餅と梅葛きりで一服。このお店は私メも昔立寄ってやはりわらび餅を食べたことがあるのですが、セガレも写真撮影に来る折などはうめ葛きりを食べていきます。私メはわらび餅が好みかナ。旅情に浸る間も無く急いで近鉄奈良駅まで引き返してなんとか旅館のお迎えに間に合わせました。旅館のお迎えワゴンに乗って安堵する間も無く家内の様子がなんだか変。暑さで頭痛をもよおし、二月堂から急いで戻ったのでバテてしまったとのこと。旅館に到着してダウン。それでも風呂を使い、夕食を摂るとなんとか回復したようで、旅館の催し物の夜のバスツアーに参加。夜の猿沢池、ライトアップされた興福寺五重塔をめぐり、再び夜の二月堂を訪れました。お水取りのころでもなければナカナカ夜の二月堂を訪れる機会などなく、いくつもの明かりに灯し出された廻廊が印象的でした。旅館に戻ると、「宮廷女官チャングムの誓い」を見て消灯。よく動いた一日でした。

06年5月19日(金)雨ときどき曇り
  単調に毎日が過ぎる。仕事はそこそこ忙しいのだが、メリハリの無い日々である。

06年5月18日(木)曇りときどき雨
  イケナイ、イケナイ。昨日風呂上りに外に出たものだからj少しばかり湯冷め気味。朝、葛根湯を飲んで出勤。園芸作業は特になし。本日10万アクセス突破。

06年5月17日(水)曇りのち雨
本日を迎えた。忙しくて何もできないが、取りあえずピザとサラダとケーキとコーラで乾杯。

06年5月16日(火)曇りときどき雨
  ウィークデーは一日に眠れる時間が4〜5時間になるのだが、これくらいの睡眠時間だと持久力が無い。今週は疲れることができないので極力早く寝るようにしているのだが、夜11時就寝が精一杯。それでもピッタリ11時に寝られれば6時間の睡眠時間が確保できる。しかし通しで6時間寝るのは難しく、たいていは夜中の3時くらいに一度目を覚ましてしまう。マア、3時に起きた場合はあと2時間近く眠れると思うから若干幸せなのだが、4時に目が覚めるとあと1時間しか眠れないので少し気持ちが暗くなる。今11時。寝ることにする。水遣りは昨日のうちに大方終らせてあったので、棚を点検して多少渇き気味の鉢に水遣り程度の作業であった。

06年5月15日(月)晴れ
  朝から晴天。久し振りに晴れた。昨日メいっぱい動いた割にはメチャメチャひどい体調ではない。右脇腹に違和感をかかえたままだが、体調は上向き。今週イッパイに期限を切った仕事があるのだが、今日は別件で忙しかった。仕事でアクセスしているWANサイトが6月末から新サイトに切り替わるというので、新しいユーザ登録や確認で一日費やしてしまった。また、法制度が固まってもいないのに一民間企業が外堀から固めて新業務を顧客に提案できるのかという問題が発生。今週も始まったばかりなのにあと4日で本来の業務に目処をつけることができるか怪しい。

06年5月14日(日)朝は曇り少しポツポツ来始めている
  朝のひととき記す。昨日と同じ出ダシ。早朝に起きているのは私メとノエルくらいで、休日の早朝というのはある意味で私メにとってのゴールデンタイムである。今朝は1時半に寝て、5時前にはノエルの突進で目が覚めた。昼寝をすると生活パターンが狂う。とは言うものの昼寝をしないと睡眠時間が取れない。困ったものである。散歩の後、例によって仏壇へのお茶出し。線香が消えるまで今日の片付けの物の準備をして母屋を出た。庭先の草むしりは昨日の雨が残っていてビショビショになりそうなので今日は中止。昼寝をしたせいか、昨日よりは体が軽い。ただ気のなるのは脇腹の違和感が増していること。それと、睡眠時間は絶対的に少ないので今日も昼寝が不可欠だろう。昨年、雪割草のカイワレ苗の移植で葉芸品でチョット注目したものがあった。性質が弱かったのかその後消えてしまったのだが、今年も同じパターンの苗(写真)が出来ているのを見つけた。できれば今日あたり移植をして様子を見てみたいものである。朝食はノエルとチコの分は作ってやらないといけないが、人間の朝食は昨日買いまくったプロローグのパンがあるのでチョット楽ができる。一旦シャットダウン。
昼近くに晴れ温度上昇するも午後は冷え込む
  一日の終わりに記す。結局昼寝無しに動いてしまった。それだけ回復しているということだろう。朝食の後は外の片付け。片付けと同時に雪割草の手入れが常時できるように用土を洗って風にさらしたり、作業場所を確保したり。手遅れになりかけているものも多いが少しでも食い止められるように、殺菌剤、殺虫剤の散布。晴れて暑くなってきたので、外作業の合い間に家に入り、布団干し。寝室の掃除機掛け。途中で昼食の準備が出来たので中断して母屋で食事。昼食後は自宅に戻り布団の取り込みとトイレ掃除。再び母屋に入り古い衣類や溜まっていた固形石鹸類の整理。石鹸は2、30年前から溜まっていたと思われるものもあり整理すると衣装ケースを1つ埋め尽くし全部で300個以上はあるようだ。夕方6時には自宅に戻り風呂掃除と玄関の洗い出し。ついでにカメ吉の水槽の掃除。ここいらでエネルギーが尽き、風呂に入ることにした。一番風呂に入ろうとすると家内曰く「オリーブオイルの入浴剤が湯船の脇に置いてあるから入れると温まるヨ」。私メ『あったあった・・・?・・』。確かお湯に混ぜると白濁するはずなのに無色透明のまま泡が立つ。『?・・・!!』。紛らわしいことこの上無い。オリーブオイルの入浴剤の横に「ハーブの香りwith Olive」などと歌い文句のシャンプーが置いてあったのである。泡まみれ。仕方なく一度お湯を抜いて入れなおした。夜には足の運びがおぼつかなくなるくらいまで動き回った。少し早く寝て、明日からの仕事の供えることにしよう。ただ今11時少し前。就寝・・・・写真は上の雪割草苗の親

06年5月13日(土)朝は曇り少しポツポツ来始めている

  朝のひととき記す。昨晩も12時過ぎに寝て、5時半にはノエルとチコの散歩に出かけた。少し背中と頭が重い。睡眠時間が短いし、多分午前中しか持たないだろう。起きていることはできるかもしれないが、起きていれば午後には頭痛と背中の凝りが悪化しそうな雰囲気。6時に散歩から帰ると母屋の仏壇にお茶を供え、今日明日で片付けるもののメボシをつけてから庭に出た。庭先や山野草の棚など気になっている場所はいくらでもあるのだが、焦っても片付かない。取りあえず雑草に埋まった一角を草むしり。7時半には切り上げて近所の自動販売機に缶コーヒーを買いに行った。コーヒーを飲みながらしばしパソコンに向かう。風邪の具合が思わしくないのだが、胃の具合は小康状態。しかし来週には胃カメラ検査を受けないといけないし、来月はバリウム検査。超音波検査の結果については緊急の通知は無いので大丈夫かナ・・・・とにかく収拾のつかなくなった生活を整理しなくてはいけない。対応しなければいけないことが多すぎてどれもこれも始末がつかないのである。マア、そういう時期もあるだろうと気楽に考えられればいいのだが、そういう時期を過ごすのはやはりシンドイ。不義理をしてしまうが対外的な部分を自粛方向。サテ、今朝はパンが無いのでパンケーキで朝食としようか・・ベーコンとスクランブルエッグ、レタスも少し欲しいところだ。キウイとバナナもあったかナ・・・少し体がダルイが食べることには一生懸命。母屋の片付けもあるが、自宅の掃除はどうしようか・・・今8時半、一旦シャットダウン。
昼前から本格的に雨
  一日の終わりに記す。朝食後、体調が思わしくなく、雪割草の催し物に参加できないことを支部長に電話。胃カメラとバリウムの検査の話しをすると「どちらか一方でいいんじゃないノ?」とのこと。確かにそう思うところもあるのだが、数年前に胃を切除した従兄弟は「一方だけだと分からないこともあるみたいだナ。だから今でも一年交替で交互に胃カメラとバリウムの検査をしているヨ」と言う。マア、コレだけやって何も出なければ暫く安心だろう。朝よりも少し背中が重くなっていた。午後は昼寝の時間に当てようと、用足しを午前中に済ませるべく車を出した。しかしその時点ですでに午前11時。家族を乗せてホームセンターに回った。用足しといってもノエルとチコのドッグフードが尽きたので買出しである。その他に家の補修資材ナドナド買い物をすると午後も1時近くなってしまった。家に帰って昼寝時間を確保すべく、昼食は外で簡単に済ませようと「ラーメンでも食べて行こうか・・・」と私メ。家内「お茶もしたいネ。外でお茶をして(昼食は)家に帰って何か作ろうか」。セガレ「大きな本屋があったら寄ってくれないかナ」。それから三人三様の思惑が入り乱れて、車の行き先は右往左往。何度方向を変えたろうか。モチベーションが定まらないため、雨の日でチョット車が渋滞するとすぐに方向を変えてしまうのである。私メ「え〜イッ!!たまプラーザのパン屋さんでパンを買って帰ろうッ!!」と言っているそばから車の鼻先が変わる。しかし結局たまプラーザのパン屋さんにたどりついた。「パン・ステージ プロローグ」と言う。郊外にポツンとあるパン屋さんなのだが、店内は人でゴッタ返している。「アップルカスタード」というリンゴ1個丸ごと焼きこんだパンが人気のお店だ。右往左往してストレスが溜まった反動で昼食のパン、明日の朝のパンなどなど買いまくり、パン代が3,000円を超えた。店の外には軽自動車でコーヒーを売るショップが店開きしている。ブレンドコーヒーを調達して車の中で昼食となった。パンは焼きたてが美味しいが、ここのパンは格別である。昼食を済ませ、生協などに立ち寄り、家に帰りつくとナント午後4時になっていた。さすが背中が重く、軽く頭痛もしている。急いで布団に潜り込んだ。目覚めは夜8時。おかしな一日だった。
写真は初めが星咲きカンアオイ「白星」だったかナ?それと北米産の「スペシオサ」
06年5月12日(金)晴れときどき曇り
  よく寝た。出勤途上の電車のなかである。少しでも睡眠時間を確保しようと、利用する駅の始発電車を捕まえる。発車の10分以上前から並んで座席を確保するのである。今日は席を確保した途端に寝てしまった。発車まで5分はあったのではないかと思う。そして発車の記憶が無いまま降車駅の2つ前の駅で目が覚めた。電車に乗っている時間は45分程度なので、40分は寝ていたようだ。少し寝不足感が遠のいている。しかし、持ちこたえるのは午前中までで、午後になると背中の肩甲骨の間が痛み出す。咳も伴う。やはり明日は寝ているようか。ここのところ、どの山草会の催し物にもまともに参加できない。時間は作るものなのだろうが、お袋さまの家を片付けなくてはいけないという切迫感、棚の植物の面倒を思う存分みてやれないという欲求不満、雑草が繁り荒れてゆく庭先にまで手が回らない焦燥感、体の不調などが重なり合って、気分が停滞気味。久し振りに太陽が顔を出したので、帰宅後に棚に念入りに水遣り。

06年5月11日(木)雨ときどき曇り
  どーも体調が良くないせいか泣き言が多いのには困ったものだ。頭が痛いとデスクワークの進捗が良くない。背中が痛いので椅子に長く座っているのもカッタルイ。とは言うものの早く風邪を治す気が無いのだろうかナドと思ってしまう。調子が悪いのならば家のことは家族に頼んで早々に寝てしまえばいいのだが、夕食の後片付けだとか母屋の片付けだとかで動き回ってしまう。結局寝るのは12時近く。調子が悪いのならばノエルの朝の散歩も家族に任せて寝ていればいいのに5時には起きて出かける。朝食の準備も然り。かくしてウィークデーの風邪の回復は望むべくもなく、頭痛薬をポケットに忍ばせ出勤となるわけである。病気ではないだろうが、歳のせいか早く寝たとしてもまとまった時間眠ることができないといった症状。1日フリーならば眠くなったら寝ればよいのだが、ウイークデーはそうも行かず、そんなわけで昼寝のできる休日が体調回復には貴重になってくる。軒下の鉢が乾き気味。傘をさしながら水遣り。

06年5月10日(水)雨ときどき曇り
  結局ウイークデーは睡眠時間が取れなせいかナカナカ風邪が抜けない。咳き込むのと鼻の痛みが続く。今度の土日で少し体を休ませたいところだが、確か雪割草の会合があったはずだ。チョット回復がおぼつかない。

06年5月9日(火)曇り
  ノドと鼻の奥の痛みが取れない。体力的には寝込むほどでもないのでなんとか出勤している。どこの職場でも多かれ少なかれあるのだろうが、休まないことで意地の張り合いをしているような気配が無いこともない。昨日今日とニュースや新聞でメタボリックシンドロームという言葉が目に付く。要は太った人は心筋梗塞や脳溢血といった循環器系に病気になりやすいということのようだが、40代から70代の男性だと二人に一人は該当するとか。私メの場合も間違いなく該当する・・カナ。

06年5月8日(月)曇りときどき雨
  なんとか風邪薬でだましだまし出勤。ゴールデンウイークも過ぎ、いつもの一週間が始まる。会社で一緒に仕事をしているメンバーが少し鼻声である。私メ「アレッ?風邪ですか?」。メンバー「ソウ、(ゴールデンウイーク)の3日、4日は遊んでられたんだけど、あとは風邪を引いて寝込みがちだったナ」。私メ「まったく一緒ですネ〜」。一つ違いのメンバーと私メの歳を合計すれば100歳を超える。お互いに「歳ですナ〜」。チョットした気候の変化で体調を崩すのは歳のセイばかりでもないと思うが、一因であることは間違いないだろう。

06年5月7日(日)雨
  最悪。ゴールデンウィークの最終日は風邪でダウン。それでも朝はノエルに起こされ、散歩。出かけるときには雨は降っていなかったが、途中で降り始めたので急いで駆け戻る。朝食の準備は昨日のバケットにレタス、トマト、それと二の岡フーズのハムをアブって挟んだ。食後はダウン。体のダルさで寝苦しいことこの上ない。午後になり食事の準備。アッサリしたものが食べたかったので、素麺を茹でた。薬味は生姜とネギ。それに箱根に出かけたときに道の駅で買い求めた餅が少しばかり残っていたので磯辺巻きとした。食後は母屋の片付け。ノドと背中の痛みにダルさ。たまらず、短時間で切り上げて横になる。夕方は早めに風呂を使い、夕食まで一眠り。なぜかノエルが添い寝。庭先で物音を感じると、人の上に飛び乗り「ワウォウォウォウォウォ〜」と遠吠えに似た雄たけびを上げる。とにかく天気も体調も最悪。薬を飲んで寝ることにする。明日の朝はどれくらい復活しているだろうか・・

6年5月6日(土)晴れのち曇り
  家庭サービス2日目。というよりも、自分も新しいスニーカーが欲しくて家族の百貨店行きに同行した。今のスニーカーがモウ2年も履いていて、ソロソロ疲れてきていたので新調することにしたのである。そもそもスニーカーを履くのは土日くらいでそんなに傷まないが、さすが2年も経つと汚れてくる。家族3人で連れ立って渋谷のA○Cマートに行き、私メとセガレがスニーカーを新調。私メは今まで履いていたのと同じメーカーの同じタイプを探したのだが見当たらない。NBと略されるメーカーのグレーに紺のラインが入ったもので、靴紐を紺に替えて履いていたのだが見当たらない。仕方なく同じ色使いのものを入手。その後家内とセガレは注文していた服を見に別行動となったので、私メはタウン誌に載っていたパン屋さんでバケットを買ったあと、一人でポンペイ展を見に行った。1時間後に家内とセガレと合流することにしていたのであまり時間は無いが一度見ておきたかった催し物である。発掘された宝石や貴金属類、彫刻や絵画にはあまり興味は無いが、ベスビオス火山の噴火から逃げ遅れた外科医が持っていたとされるメスやピンセットといった医療道具が興味深かった。それと、石膏を流し込んで作られたと思われる人型が印象的である。要は生活感のあるもので、2000年前に生きていた人達の生活が偲ばれるものに魅かれる。小一時間で会場から出てきて、家内からの携帯への連絡を待った。この段階でクシャミが始まり、鼻水が止まらなくなってきた。『マズイッ。いよいよ(風邪が)来たかナ・・』。『まったく・・』、休みというと家事か体調不良で思っていた山野草の世話の半分もできない。明日は何も予定が無いので山野草の世話三昧と思っていたのに、天気も体調も下り坂である。家族と合流したのち渋谷から銀座に回り、写真機材の○モン社に行った。写真はセガレの学校の関係で関わるようになったが、どちらかといえば私も家内も門外漢である。しかし小耳に挟んだことのある海外のメーカーの銀塩カメラで、100万とか300万とかの値段がついたビンテージ物が並んでいると山野草とはまた違った趣味の世界に溜息が出る思いである。帰宅後、雨に備えて雪割草の鉢を移動。夜は、母屋の片付け物の継続となったが、鼻水とクシャミが止まらない。一眠りして明日の朝はの体調はドウだろうか。


06年5月5日(金)晴れ

  疲れているときは何もしないでゴロゴロしているのがいい。というのは分かっているのだが、貧乏性なのかスグに動き出してしまう。その結果マスマス疲れる。今日もなんとなく不調。朝、胃の具合がムカムカして気持ち悪い。寝不足もあるので、朝の定例作業を完了した後、午前中10時半くらいから寝た。起きたのは午後1時。そろそろ起きないと一日が終ってしまうので、意を決して起きだした。ドーも肩甲骨の間に凝りがあるし、ダルさが抜けないところからすると風邪気味のようだ。気温の変化ですぐに風邪気味になるのは困ったものだ。しばらく雪割草の手入れをしたものの、長続きしない。そうこうしているうちに用足しに出かけていた家内が帰宅。昼食を摂って、『サア、雪割草の世話を再開しようか・・』と思っていると、家内曰く「少し母屋の片付けをしよう。目標は(45リッターの)ゴミ袋3袋。」。結果的に3袋が10袋になり、その他廃品回収に出す衣類が15,6括、ワゴンRRの荷台イッパイになるくらいできてしまった。終ったのは夜7時過ぎ。結局雪割草の世話に費やした時間は1時間がいいところだった。何というのか、一言で言えば余裕が無い。物理的、精神的、体力的、時間的、経済的、同義語があるにしても4,5年前とは大きく変貌してしまっているのは確かで、とにかく仕切りなおししないとニッチモサッチモ立ち行かなくなっている。仕切りなおしにかかる時間は感覚的にはあと2年くらいだろうか。綱渡りとまでは行かないが、揺れる吊り橋渡り的な毎日である。

06年5月4日(木)晴れ
  せっかくのゴールデンウィークなので、どこかに出かけたい。それも『マニアックな山野草屋さんのあるところがいいんだが・・』なんて思っていたのだが家庭サービスとの両立は難しい。そんなワケで今日は奥さん孝行ということになった。山野草屋さんは望むべくも無いが、気分的には日常性の脱却を兼ねて混雑覚悟で箱根に向かって車を出した。東名高速には乗らず、国道246号をひたすら下り、厚木の郊外レストランでモーニングを摂った。スクランブルエッグが胃にこたえて体調・気分とも下降気味。それでも途中の朝市で野菜(左写真)、道の駅で手作りの餅などを買ったりして気を紛らせながら御殿場を目指した。松田から御殿場線沿いに入ったところで大渋滞。見上げると東名高速の車はスイスイ走っている。『シマッタ・・東名を使うべきだったかナ・・』。下の道は酒水の滝とか丹沢湖へ分岐する交差点あたりで渋滞を起こしている。しかしそれを抜けると順調。逆に東名が大渋滞を起こしているのが見える。結局、ゴールデンウィークというのはどこでも混雑しているということらしい。

朝7時に家を出て御殿場着がほとんど昼の12時。チョットした渋滞に巻き込まれながらも、御殿場では毎度立寄る二の岡フーズ(右写真)でボロニアソーセージを2本購入。自宅用と弟へのお土産だった。二岡フーズを出たのが午後1時少し前。最終目的地のホテルを目指した。今日は日帰りなのだが、昼食をそのホテルで摂りたいと思っていた。庭が有名なホテルなのだがチョット季節が早かった。ここでも多少の渋滞に遭遇してホテル到着が午後2時近く。このホテルはできたばかりのころに会社の社員旅行で使ったことがある。バブル崩壊前の旅行で夕食はチーズフォンデュなどとシャレていたものである。和食のレストランなどもあり、昔はお弁当タイプの懐石なども手ごろな値段で出ていた。覗いてみたが観光地化されてしまったのかランチにしてはチョットお高い。それにゴールデンウイークということで値段は高くても混雑している。昨日も美味しいものを食べているので今日は押さえることにした。ホテルの同じ敷地の別棟でブッフェスタイルのバイキングをやっているというので行ってみた。これもソコソコの値段がするのだが他に食事を摂れるところも無いので決めた。しかし失敗した。通された席がテーブルを並べた大机で、来たモン順に押し込まれる。それにホールの半分は団体客用に仕切られている。個人客をもてなすというよりも団体客のついでに個人客を入れているといった仕様なのである。隣の席についた年配のご夫婦も「本館が30分待ちだっていうから来てみたけど失敗したナ・・」などとこぼしている。「ホテルのカレーがどんなモンだか食べたかったけど、甘いばっかりで美味くない・・」不平不満のご主人はしまいには隣で食事をしている人が居るというのに鼻をかみ始めた。それもドウかと思うが、ソバは冷凍を湯通しして戻すのを目の前でやっているし、立ち食いソバじゃないんだからと言いたくなる。従業員さんはゴールデンウイークでも仕事で頑張っているわけで大変だと思うが、経営はもう少し考えた方が良いのではないだろうか。大企業の系列ホテルで細かいところまで神経が行き届かないのかもしれない。また伝統ということになると老舗ホテルなどに押されて収益が伸びないといった事情があるのかもしれないが、また来たいと思わせてくれるような演出が欲しいところである。マア、これも経験かと3時半にはホテルを後にした。それから箱根駅伝の山下りのコースに入ったが、箱根湯元まで大渋滞。小田原厚木道路の乗ったのはほとんど夕方5時となっていた。帰宅は夜7時。去年までは混雑を避けるためにやたらに朝早く出かけたり、中規模観光地を狙ったものだった。今回は体調とも相談してノーマルな時間帯に出て、ゴールデンウイークの中日の日帰りとは言え大観光地に出かけたわけである。それがドンなものだか分かったということを収獲としたい。日常性の脱却は果たせて気分転換になったことは確かである。

06年5月3日(水)晴れ憲法記念日だったかナ?
  朝からノエルに起こされた。朝6:30。休みだというのに4時間睡眠はチョット辛い。胃の具合も少し不安定。寝不足だと顕著なのだが右脇腹の違和感も伴う。しかし、体力的には悪くもなく良くもなく。今日は午後2時からお袋さまの百か日。巷ではあまり盛大に執り行う法要ではないのかもしれないが、実はお袋さまの騒動の最中に、1月2日に爺様の二十五回忌を見送り、2月10日には親父さまの十三回忌を見送っていた。そんなわけで今日は三人の法要をまとめて行うのである。お布施も三人分。しかし、出席者は弟夫婦と我家の5人だけ。今後親戚筋に声を掛けて行う一周忌や三回忌に比べればコジンマリしたものである。取りあえずノエルの散歩から始まり、帰って来ると仏壇にお茶を供えた。今日は晴天で乾燥も激しそうなので山野草棚には念入りに水遣り。余裕が無くて面倒を十分にみてやれず雑草のはびこった鉢が辛い。ノエルとチコに朝食を与え、自分達の朝食も準備をして家族を起し、朝食が終ると自転車で出かけてお寺さんにお布施とお塔婆代を付け届け。次に昨夜まとめた事務書類を弟に渡すためにコンビニでコピー。帰宅して、お寺さんに持ち込むお供物と花を買いに車を出した。忙しいので郊外レストランで昼食。帰宅途中にお寺さんに花とお供物を届けた。帰宅すると喪服に着替えてスタンバイ。弟夫婦の到着を待って、お寺さんでの供養に臨んだ。

 法要が終ると弟の車に乗せてもらってみなとみらいに向かった。ホテルのレストランには2ヶ月近く前に予約を入れたのだが、横浜ベイブリッジが遠望できる窓際の席は取れず。一つ内側の席になってしまうとのこと。後から聞いてみると、3ヶ月前から予約を受け付けていて、窓際の席はスグに埋まってしまうとのこと。道は思いの他空いていて、ホテルには予約の1時間前に到着した。食事前の腹ごなしに赤レンガ倉庫まで往復して、午後6時にレストランに入った。「良い席を準備させていただきました。」と黒スーツの係りの女性に案内されてビックリ!!なんと、1年前にお袋さまと来たときと同じ席なのである。それも十畳ほどの個室に私ら5人だけ。去年は同じ部屋にモウ一組居た。横浜ベイブリッジ側ではないが最高の席である。お袋さまの座った席には弟に入ってもらい、向かいには弟嫁。昨年景色を堪能している私等は一席奥に入った。窓際にお袋さまのフォトスタンドを立ててオリジナル中華のメニューを堪能。仕方の無いことだが、モ一度お袋さまを連れて来たかった。

席の窓からはランドマークタワーの遠望とスグ足モトには観覧車コスモクロック 一年前と同じ風景

06年5月2日(火)曇りのち大雨

  連休合い間の繋ぎ仕事。朝から天気がグズついていたが午後から雷を伴った大雨となった。会社の終業時刻になってもまだ降り止まなかった。明日はお袋さまの百か日の法要があり、終ってから弟夫婦とみなとみらいのホテルで会食の予定だった。このホテルというのは昨年4月29日にお袋さまを初めて食事に連れて行ったホテルなのである。お袋さまはエラく気に入ってしまって、入院してからも「病気が治って退院したらまた行こうネ」と楽しみにしていた。今ではそれもかなわなくなってしまったが、せめてお袋さまの小さな写真をフォトフレーム入れて会食の場に連れて行こうと思っていた。モット早く探していればよかったのだが、何かと忙しなく既に前日となり、会社帰りの雨の中をフォトフレームを探した。茅場町の駅の近くに小物屋さんがあり、覗いてみるとエラく煌びやか七宝仕立て風のフォトフレームがあった。サイズもチョウド手ごろなのだが、あまりにもキレイすぎて花を背負って出てくる少女マンガのヒロインのようになってしまう。『コレじゃやり過ぎかナ・・』結局買わずに帰途についた。地元の駅に降り立って、街でフォトフレームを探したが、シャレたものが無い。仕方なく100金に飛び込むと、チョウド手ごろなサイズのものが見つかり購入。105円也。『また探してモットいいヤツに替えてあげるから、明日はこれで我慢してナ・・』。明日は久々に弟が来るので、葬儀後の事務処理経過をまとめておこうと、帰宅後にパソコンに向かった。葬儀収支をまとめ、今後の手続きに必要な書類を書き上げて朝1:30に就寝。


06年5月1日(月)晴れ

  今年初めての夏日とか。朝、起きてノエルの散歩から帰ると仏壇へのお茶出し、神棚の榊の交換を済ませ、棚に念入りに水遣り。その後馬車馬のごとく痛んだ雪割草を日陰に取り込んだが時間が無くなり食事の準備、弁当作りが逼迫。しかし、雪割草の葉が例年だともう少しガッチリ出来るはずなのだが今年は薄くて脆弱。夏を乗り切れるだろうか。今年は雨が多すぎて注意深く水遣りができなかたセイかもしれない。
写真はマルミカンオアオイの「日向獅子」

伊豆の八重
八重咲き雲仙カンオアイ