2月     


06年2月28日(火)曇り
  『元気だったら何でもできる!!』そう自分に言い聞かせて動いた。5時に起きて定番のノエルとチコの散歩、お袋さまの遺影へのお茶出し、朝食の準備。それに今日は棚への水遣りとガレージに収納していた雪割草のケースを6ケースほど庭先の露天に並べた。雨が予想されるが薄暗いガレージよりも環境は良いだろう。そしてダンボール箱イッパイのゴミ出し。身支度をして7時に出勤。駅に向かう途中、道沿いの駐車スペースに止めた高級車の窓ガラスがコナゴナになっていて、お巡りさんが来て調べていた。車の持ち主らしき人も一緒だった。道に面した駐車場だったので通りがかりの仕業だろう。月末で忙しく、一人病気で足りないことがボディーブローのように効き始めた。少し帰りが遅くなったが、帰宅すれば夕食が出来ているわけではない。お互いに仕事をしていると帰る間も無く私も動かないと夕食にありつけないのである。たまには上げ膳据え膳を味わってみたいものだ。土曜日に七七日の参加者へのお土産を手配しに出かけようという話がある。やるべきことはやらないといけないのだが、出かけるとほとんど一日使ってしまって他のことができない。仕方なく日曜日に家の中を掃除することになるのだが、そうすると外を片付ける時間と体力が乏しくなる。家事としてのノルマを果たさなければ雪割草の世話もおぼつかない。既に植え替えの出来ない山野草の作落ちが確定的になりつつある。

06年2月27日(月)曇り
  昼過ぎから頭痛。バッファリンで紛らす。週に1,2日は朝のノエルとチコの散歩や、お袋さまの遺影へのお茶出し、朝食の準備もお休みしてみたいものである。平日はツクヅクもっと寝ていたいと思う。ブルーマデーで今週も始まった。会社のメンバーも休んだままで3週間目を迎えた。

06年2月26日(日)雨
  一日冷たい雨。車検に出してあった車を受け取って、地元の山草会の展示会に向かった。今回は私メの展示は無し。喪中でもあり、七七日までは自粛生活が続く。この季節の展示は雪割草が中心で、雪割草の大先輩Kさんの出品が目を惹いた。七七日が済んだら、棚を拝見させていただきたくお願いをして会場をあとにした。

06年2月25日(土)晴れ
  一日が終ってみて『今日はいったい何本の電車に乗ったろう?』と思い返した。東横線、目黒線、大井町線、池上線、山手線、千代田線、東海道線、根岸線、横浜市営地下鉄線。全部で9線。東横線、山手線、横浜市営地下鉄線、千代田線などは複数回乗っているわけで、よく移動したと思う。家事に追われて、あまり外に出られなかったので、このときとばかりに動き回った。看病やら葬儀で3ヶ月近く行けなかった髪切りに出かけた。朝10時の開店と同時に入り、10時40分には店を後にした。そこから、有楽町に出て、レモン社で三脚のストラップを購入。西銀座デパートの宝くじ売り場の1番窓口に並んで、グリーンジャンボ宝くじを購入。10枚は急病で入院している会社のメンバーのお見舞い用。あと10枚は自分用である。お見舞いの分は患者の病気の場所が場所だけに、2億円当ったときには注意が必要。その後、有楽町から根津に移動して上野グリーンクラブで開催されている雪割草全国大会に顔を出した。『今日は買わないゾ!!』なんて思っても無理なことはわかっている。家の棚の整理もママならないのに、マタ買ってしまった。1つ目は菖蒲町のYさんで「紅苑×(ひなまつり×和合)」といった交配の実生株。値段も手ごろだったのだが、悪い癖である。少し散財を我慢して上級のものを買えばいいのに、それが我慢できずに手ごろなもので手を打ってしまう。イヤイヤ決して悪い株ではないと思うのだが、比較で言うと前頭五枚目くらいの株だろうか。もう出来上がっている株のようだが、整った花形が目を惹いた。一生懸命写真に納めたのだが、天気と腕が悪くて思ったように色が出ず。

  2つ目は富士の裾野のGさん。たまたま、昨年の暮にお店へ顔を出していたので、チョット挨拶をしたら「(実生で)何を狙ってるの?これなんかイイヨ。」と勧められて素直に購入。「黒姫×王様」の子。花粉を吹いてくれれば御の字。しかし「(実生で)何を狙ってるの?」といわれると答えに窮する。「初鏡」や「幽谷」「跳珠」などの銘花はあまりにもメジャーで口にするのも恥ずかしいものがある。イヤイヤ自分で自由にできる花でもないのだから堂々と言えばいいのだが、実生の最先端の方々はどんどん先に行ってしまっていて「何をいまさら」といった感は否めない。しかし、「こうした花を作りたい」という理想があって、それを追い求めるのが王道なのだろうが、自分はドーも実生の意外性に魅力を感じてしまっている気配がある。つまり、思いもよらない花の出現を期待するあまり、雪割草の理想像が定まらないのである。それに自分が一番好きな花というのは日輪咲きで、なおかつシンプルなものなのである。それでは実生談義にはならず、そこで終ってしまう。想像力に乏しいのかもしれない。

  上野グリーンクラブを後にして有楽町に戻った。有楽町では駅に隣接する催し物場で「うるおい新潟観光キャンペーン」と銘打って、新潟の地酒の紹介や、雪割草の築山を作って雪割草グッズの即売をしていた。販売していたのは国際雪割草協会でお世話になっている方々だった。本来ならば私メもお手伝いしないといけないのだが、今日はこのあと横浜まで入院している会社のメンバーのお見舞い行かなければならない。写真撮影をして小一時間で失礼させていただいた。その折、雪割草のポット苗の即売もしていたので、目についた苗を2ポットほど購入。これも写真がうまく写らず欲求不満気味。1つは銘品「白寿」の二段弁にウッスラと桃が注したような二段咲き。もう一つは星咲きシベ型二段とでも言えるような洒落た花である。どちらも800円とのことでリーズナブルな値段かと思う。

  有楽町をあとにして横浜に向かった。横浜の大学病院に入院している職場のメンバーを見舞うためである。私メがお袋さまの葬儀で休んでいる間、私メの仕事をカバーしてくれていた人間なのだが、私メが復帰した直後に急病で入院してしまった。一番忙しい時期に私メが葬儀で休まざるをえなかったのでストレスが溜まったのかもしれない。責任を感じる。で、本人は至って元気なのだが、この病気は手当てするとあたかも元の体に戻ったように勘違いするのが危険な病気とのこと。養生訓として「高脂血症といわれて久しいヒト、高血圧のヒト」は要注意だそうナ。気になる年頃である。


06年2月24日(金)曇りのち雨

  2週間が終った。今日も寒気がして上着を着たままの仕事となった。朝は例によって寝汗状態。漢方では「盗汗」というのがあるらしい。体が不調のときにそんな症状を呈するようだが、不調なだけならば休めば直るだろうから問題は無い。厄介な病気でなければよいのだが・・・生活習慣病に陥り易い年齢ではある。

06年2月23日(木)晴れ
  あと1日で一人仕事の2週間目が終わる。一人仕事というのは、いつもなら二人でやっている仕事を、相手の分までやるという意味で、かつてお互いに2週間の休暇までは経験したことはある。倒れたメンバーの復帰はまだ先になりそうだ。緊張し続けることに少し疲れた。今後の仕事は緊張し続けることに慣れることができるか否かにかかる。「ここのところみんなカリカリしてないか?」。「気持ちに余裕が無いんだよネ」。家内の言葉である。お袋さまの葬儀が終わり、看病やら葬儀の疲れが残っているのだろうか。その上やるべきことは山積み。寝汗と寒気がまだ続く。土日は雪割草や山野草の催し物がメジロ押し。しかし、暮れからお袋さまの看病で床屋にも行けなかったので土曜日は髪切りに出かけないといけない。入院している職場のメンバーのお見舞いにも出かける予定もある。七七日前だし道楽で出かける余裕は無いか・・・雪割草を日向に出さないといいけないしネ・・・

06年2月22日(水)晴れときどき曇り
  私メ「ビニールハウスでいいから温室が欲しいんじゃがの〜」。家内「散らかるばっかりで片付かないからダメ」。ウ〜ンッ、「葬儀で一番疲れたのはお父さんなんだから」ナンテ持ち上げといて、やっぱりダメなものはダメかい。『でもナ〜家の中の掃除に費やす時間は私メが一番長いんじゃないかナ・・・7:3で私がやってると思うんだけど、それで力尽きてしまって、外の片付けまで手が回らないんだよネ』『休みの日に外で道楽ばかりしていては申し訳ないんで家の中の掃除から始めるんだけど、内も外も片付けるには時間も体力も無いんだよナ〜』『家の外は私メ以外誰も片付けないんだから、少しは家の中の掃除を受け持ってくれてもいいんじゃないかと思うんだけどナ〜』『ここ15年、雨の日も風の日も、風邪の日もギックリ腰の日も、朝暗いうちからチコとノエルの散歩に出かけて、朝食の準備に至っては25年以上私メが担当してきてるわけで、ご褒美に温室くらい勘弁してもらえんだろカ〜・・・』。なんて愚痴ってても始まらないか・・・みんな自分は家のことを一生懸命にやってると思ってるのかも知れないネ・・・でも睡眠時間が一番短いのはダントツで私メだろうナ・・・

06年2月21日(火)曇り
  昨日から今日にかけて原稿を1つ仕上げた。1つプレッシャーから開放されたことで昨日よりはチョット体の調子が上向いたような気がする。朝方、若干寒気を感じたが、日中声が少しシャガレたくらいで昨日ほどの頭痛は無かった。あとは山草会の事務引継ぎのための作業、お香典返しの手配、七七日、確定申告、相続手続きなど1つ1つこなしていくしかない。今年も御殿場から早春の味覚、ミズナの漬物が届いた。富士の湧き水で育ったミズナを塩漬けにしたものである。春の気配を感じ始めた御殿場を思いながらありがたく頂戴することとした。無添加かつ薄塩なので箸の進みも速くなるのだが、その分傷みも早い。我が家では鷹のツメを細かく刻んで混ぜ込んでいる。そのことで飛躍的に保存可能期間が延びる。

06年2月20日(月)曇りのち雨
  『しまった・・・そうだった。今日の昼食は会社の派遣社員さんとの会食で、弁当はいらなかったんだ・・』。遅かりし。弁当を持参してしまった。鰹節をかいて海苔をふりかけ、ご飯を詰めたのは私だが、おかずを詰めたのは家内で「今日はお弁当いらなかったんだ。」とは言えない。昼の会食は会食として食べて、お弁当は会社帰りに会社の食堂でご飯半分とおかずを食した。午前中から寒気がして、上着を着込んだまま仕事をした。昼からは頭痛がし始めて、会社の救急箱からセデスをもらって飲んだ。マタマタ寝汗や気管支の違和感についてインターネットで調べたが、自律神経系の異常だろうか・・・人の病気の話を聞くとすぐに同じ症状を呈するというのは、神経が細いのかもしれない。お袋さまの入院で胃がおかしくなり、自分でも胃カメラを飲んだし、会社のメンバーの急病の話を聞いて胸が痛み始めた。今日、その急病のメンバーから直接電話を受けた。1週間ほどICUに入っていたとのことだったが、この休みに一般病棟に出てきたとのこと。元気そうな声で安心した。これからリハビリが始まるとのことでまだ復帰は定かではないようだ。

06年2月19日(日)曇りときどき晴れ
  すっきりと晴れない。雪割草を日向に出そうと思ったが、調子が乗らない。少し寒気がする。9時に家内とセガレを送り出してから一眠りした。起きたのは11時過ぎ。手入れの出来ない山野草類だが、それでも春が近づき、花を上げ始めている。デジタルEOSと5年前のデジカメを持ち出して少しばかり写真撮影。EOSの色がうまく乗らない。早めに写真撮影を切り上げて、家の中から掃除開始。キッチンの片付け、風呂掃除、玄関の洗い出し、リビングの掃除機掛けとこなしたところで家内が帰宅。昼食を摂り午後の作業と思ったが、再び寒気。布団にもぐりこんで午後3時ごろから6時近くまで寝てしまった。起きてからもムカムカ感が抜けない。写真は雪割草「天青」発色がモ一つ(EOS)


福寿草のツボミ(EOS)

クリスマスローズ「ニガー」(EOS)

06年2月18日(土)曇りときどき晴れ
  気温の低い一日だった。週末になると気が抜けるのか気管支のイガラッポさが再発する。少し寒気もして要注意。今日はセガレがアルバイトに出るというので朝早くから食事の準備。送り出して再び寝た。平日だとナカナカ眠れないし、今日は寒いので何もしないで体力の回復に努めることにした。電話の呼び出しで目が覚めた。小一時間ほど眠れただろうか。急いで飛び起き受話器を取ると「屋根と壁の補修のお勧めです。○○(りーち)様の地域のモデル事例としてお安く施工させていただきますがいかがでしょうか。」との電話セールス。「間に合ってます・・・」。セッカクの惰眠を妨害されて起きてしまった。このまま起きてしまおうかとしばらくパソコンを叩いたが、まだ眠れそうなので再び布団へ。眠りに入ったと思ったらマタ電話。急いで飛び起きた。やはり小一時間ほどの睡眠時間。受話器を取ると「ご葬儀のお返し物は是非△□◎へお願いします。」との電話セールス。「間に合ってます・・」。モウ眠れない。と言ってももうすぐ昼の12時である。邪魔されながらも睡眠時間だけは確保した。昼からは車を洗って車検に出しに行った。去年買ったスタッドレスタイヤは今年も残念ながら装着する機会は無さそうだ。因縁のあるスタッドレスタイヤで去年は雪の時期に新潟へ行くつもりで買ったのだが、直前に仕事が入り雪道も走らずノーマルタイヤに戻すことになった代物である。夜、Kさんからの電話。「雪割草の今年の開花はどうですか?」ありがたいことである。私メからはナカナカ問い合わせができない。「イヤ〜今年は(開花が)遅いですヨ。それにお袋さまが永眠して間もないので今年の展示会は遠慮させていただこうと思ってます。」。Kさんとは地元の山草会でご一緒させていただいていて、いつもお世話になっている。来週の日曜日に山野草の展示会が予定されていて、それの確認である。七七日が過ぎたら雪割草の棚を拝見させていただきたくお願いした。

06年2月17日(金)曇り
  会社帰りに山草会の例会に寄った。ゆっくりと草談議にも加わりたいところであるが用足しだけしてすぐに失礼させていただいた。ここのところ精神的に余裕が無く、特に今は喪中でもあり、趣味の会合はひかえている状態である。葬儀の余韻を引きずりつつ山草会の総会で会計報告をして、終ってホッとしたのも束の間、会社で一緒に仕事をしているメンバーが急病で倒れた。月曜日から一人体制で仕事をして、とりあえず最初の1週間が過ぎた。私メの会社では制度休暇として何日かの連続休暇を交替で取得するので、2週間くらいまでなら実績の範囲内であるが、今回は長引きそうである。私メ自身も1月に風邪を引き、直りかけたかナと思ったら葬儀となった。締め切った部屋で線香を護りながら三日三晩お袋さまの棺に付き添った。葬儀が終ったと思ったら気管支の息苦しさが再発した。土日でしっかり休んで来週に備えるしかない。

06年2月16日(木)雨
  一日中冷たい雨。この歳になっても自己実現の欲求の残り火というのはフツフツと燃えていて、それにも関わらず行動が伴わないというのは体力のせいだろうか。欲求も気力が充実していないと不満がつのるばかりとなってしまう。HPに遊びに来てくれた「しゅんごさん」の母校の雪割草のデザインの徽章だそうナ。学校は寒河江工業高校とのこと。逸品である。寒河江といえば、我が家では何年か前から蕎麦を取り寄せている。50把程度まとめて頼んでいる。コシのある蕎麦で止められない。


06年2月15日(水)晴れ

  やたら暖かい。4月中旬の陽気とか天気予報で言っていた。豪華な雪割草もいいけれど、新花を追いかけるのもいいけれど、チョット気の利いたピンクの標準花がいいかナ。新潟の加納さんが掲示板に貼り付けてくれたこんな写真の風景が好きだナ


06年2月14日(火)晴れ

  暖かくなった。雪割草の開花がイッキに進みそうだ。まだ出勤が3日残っているのが辛い。日向に出すタイミングを逸すると花茎がモヤシになってしまう。葬儀も終わり一段落と思っていたが、まだまだ山野草のことに長い時間費やすことができない。やたら葬儀の事後処理があり、山野草のことをしているとヒンシュクを買いかねない雰囲気である。七七日が終らないとオオッピラに動けそうもない。しかし七七日が終れば3月も半ば。今年も植え替えがままならない。

06年2月13日(月)晴れ
  朝からいきなりフルスロットル!!朝5時過ぎに起きてノエルの散歩。帰ってきて、お袋さまの遺影にお茶を供え、通夜以来の菊の生花に水遣り。お袋さま宅と自宅の大量のゴミを持ってゴミ置場まで2往復。チコとノエルの朝食を準備、ついでに家族の朝食を作り、家族を起してまわる。5分ほどで朝食を済ませて弁当を詰める。身支度をして出かけたのが7時。自転車を飛ばしながら気がついた。『携帯電話を忘れた!!会社の入館証を忘れた!!』。取りに帰る時間は無い!!仕方なく駅の改札に駆け込む。「ピンポ〜ン!!」自動改札機のトウセンボを突き破った。なんと!!定期券が昨日で切れていた。買っている暇も金もない。小銭で会社まで行くしかない。なんとかいつもの電車に飛び乗った。会社に着くと部署の責任者がの緊急事態宣言。急病のメンバーはしばらく出社できそうもないので気を引き締めてやって欲しいとのこと。ヤルッキャないカ〜・・・

06年2月12日(日)晴れ
  午前中、CanonEOSを持ち出して、昨日と同じ雪割草を被写体として撮影練習をした。今年の花はEOSを使って撮影するつもりなのだが、如何せん使い方が習得できていない。セガレに付き合ってもらって撮影。七七日の会食会場の手配で近所の寿司屋に問い合わせたが1ヶ月先の予定日には40名からの団体が入っていて席が取れないとのこと。仕方なく2,3日前にカタログを送ってきた別の寿司屋に下見を兼ねて昼食に出かけた。首尾よく会場を確保。後は親戚筋に開催通知を発送すればよいところまでにこぎつけた。気管支から来るのか、肩甲骨のあたりが痛く、午後からは干してあった布団を早めに取り込んで昼寝をした。寝汗をかきながらも5時間近くも寝てしまった。夜8時ごろ起きて風呂に入っていると会社の上司から電話。一緒に仕事をしているメンバーが急病で倒れたとのこと。先日の私のお袋さまの葬儀の折には、私メの休みを一人でカバーしてくれた人物である。一番忙しい時期だったので疲れが溜まってしまったのかもしれない。今度は私メが一人でカバーすることになる。いずれにしても皆若くはない。体をだましだましやるしかない。
EOSでの撮影雪割草標準花

EOSでの撮影 雪割草「楊貴妃」

06年2月11日(土)晴れ
  気管支のイガラッポさ+ドーモ寒いのに寝汗をかく。インターネットで検索してみると結核などにそんな症状があるとのことだが、それは無いだろ〜。疲れだろうか?山草会の総会終了。総会のあとに新春懇談会が続いたが、喪中でもあり、ましてや七七日前なので、こちらは遠慮させていただいた。総会に提出した決算報告書もいつものように費目の分析などができず、従って決算に基づく予算案の提出ができなかった。いつもと違うことについて、説明をしなければいけないと思うのだが、「一身上の都合により」とか「私の不徳により」とかで済むものだろうか。結果的に「1月27日に母親を看取りまして、年末年始の動きが取れませんでした。」と説明したのだが、要は言い訳であり会社組織などでは許されないことだろう。しかし、私のレベルでは葬儀の前後の状況から気持ちを切り替えて決算報告書を作ることはできなかった。「言い訳がましい」と批判されるかもしれないが仕方ない。過酷な状況の乗り越えて雪割草が咲いてくれた。多く花茎が上がってくれればよいのだが、今年の作では望むべくもない。「雪割草いちりん いちりんほどの暖かさ」。花は妖精咲き「楊貴妃」

06年2月10日(金)晴れ

  出勤。平日はもっと寝ていたいと思う。夜12時近くに寝て朝5時に起きるという生活は長続きしない。あちこちに変調を来たす原因になる。昨年も1月から2月にかけて風邪を引き、気管支のイガラッポさが抜けずに難儀したが、今年も同じ症状である。寝不足は万病の素か。明日、山草会の総会。報告書もできるところまでしかできなかった。

06年2月9日(木)晴れ
  晴れてはいるものの気温が低い。今日は1月8日(日)に出勤した代わりの休み。朝から山草会の報告書作成作業に入った。100件以上の払込伝票を打ち込んで収支を合わせるのだが、なかなか合わずに難儀。しかし、これも一日中作業しているわけもいかず、夕方からは食事の準備。家内は仕事に出ているし、セガレは写真撮影に出かけているので私メが夕食を担当する。しかし考えてみると朝食も作っているので、今日は完璧に主夫である。夕食はブリの照り焼きをメインに、ミズナのおひたしポン酢がけ、トン汁、ジャガイモのアルマゲドン風煮っころがしなどを用意した。ジャガイモの火の透りが十分でなく少し固め。

06年2月8日(水)晴れ
  長い時間に渡って残業をする体力は無いものの、日中は忙しい時間が続く。延べ6日間も休んでしまった遅れを取り戻さないといけない。仕事の忙しさもあるが七七日過ぎまでは山野草の活動も控えざるをえないようだ。七七日の段取りも組まないといけない。3月11日に催すことになりそうだが、雪割草協会の展示会の日だったような・・・某芸人さんのおやじさまが亡くなられたとか。皆さんに迷惑をかけられないので密葬で済ませたとか。私メ等の営んだ儀式というのはオーソドックスなもので、会社や親戚、ご近所さんに大いにお世話になったものである。葬儀というのは残された者の儀式であり、亡くなった者が喜ぶとか悲しむという問題ではないのは確かだ。先般、葬儀を行ったお寺さんの住職さんは「密葬なんてとんでもない!!」という主義である。もちろんお寺さんはそう言うだろう。要は、残った者の故人への思い入れの問題なのか。マア、葬儀を営む者の社会との関わりの度合いにもよるのだろうが、現実の生活と故人に対する感情のバランスが難しい。結果への評価は端座して受けるしかない。

06年2月7日(火)晴れ
  暖かくなるはずがゼンゼン温かくならず。日中も10℃に届かない気温だった。朝、弁当を作る気力が無く、昼は外食が続く。あまり外食が続くのも不経済なのだが、まだ元のペースには戻りきれていないということか。

06年2月6日(月)晴れのち曇りよる遅く雨か雪
  10日ぶりに出社。溜まっていた仕事を片付ける。葬儀の話題では、お清めのてんぷらが好評だった。お清めの席で揚げたてを食べさせてくれるところなどなかなか無いとのこと。今回のお清めはにぎり寿司、てんぷら、おでんがメニューだったが会葬の皆さんに喜んでいただけたのは何よりである。

06年2月5日(日)晴れ
  寒い晴天が続く。今日は何も無い日曜日となった。夕方弟夫婦が葬儀の後片付けに来るくらいである。日記を書く段階で『イッタイ今日は何をしていたんだろう?』と考えてしまうくらいで、点の記憶はあっても線の記憶が無い。点と点の間には2,3時間の間隔があるというのにその時間の記憶が無いのである。マア、明日からの仕事に向けての充電日ということにしておこう。Aさんからメールで雪割草「銀嶺」の写真を添えてお悔やみの言葉を頂いた。親との別れというのは誰でも通る道であり、ことさらに公表する話でもないのだが、こうした日記を書いていると皆さんにお気遣いいただいてしまい申し訳なく思う。明日から出社、気持ちを切り替えていこう。


06年2月4日(土)晴れ

  立春だというのに真冬並の寒さが続くとか。先週土曜日はお袋さま永眠の翌日だったので別世界だったが、ようやく普通の土曜日に戻りつつある。布団上げに洗濯、掃除機掛けに雑巾掛け、トイレ掃除に玄関の洗い出しナドナド通常の生活に近づきつつある。しかし、あまりの寒さに途中から肩甲骨の間が痛み出した。気管支あたりがいがらっぽい。要注意。お袋さま永眠に伴い、電話での墓地セールスが頻繁に入る。何人ものセールスマンが直接来てお返し物のカタログを置いていく。どこから情報が流れるのだろうか?山草会の前年度報告資料のまとめを再開。昨年11月のお袋さま手術の段階では、あと6ヶ月の余命との主治医の見立てに愕然としたが、看病しながらも2月11日の山草会の総会までには報告資料もまとめられると思っていた。しかしお袋さまはそれから2ヶ月で旅立ってしまい、年越しの事務量ピークのときに何も手がつけられなかった。2月11日までに日数もなく、どこまでまとめられるか分からないがやるしかない。一番忙しい月末月初に一週間以上会社を休んでしまい、溜まっている仕事も心配なのだが、ここにきてクレジットカードのスキミング問題や教育問題が勃発。開き直らないとやってられない。開き直れるか?・・

06年2月3日(金)晴れ
  お見舞いや香典のまとめで苦慮。ほとんどは記録済みなのだが、入院初期のころのお見舞いについて記録に合致しないところが一部ある。支出についても、仏事ということで領収書が出ないものもあり、細かいところは目をつむるしかない。葬儀の片付け作業が続いているわけだが、合い間を見てさくらそうを6鉢ほど植え替えたらヒンシュクを買った。そんな具合で葬儀の後始末以外でまとまった時間を取るのが難しい。家族の気持ちを含めて、余裕ができるにはモウ暫くかかりそうだ。

06年2月2日(木)曇り
  午前中から車で動いた。本来ならば七七日が終ってからでもよいのだろうが、平日は休めないので弔休の間に少しでも手続きを進めておかなければならない。区役所、郵便局、銀行、お袋さまの入院していた病院、会葬御礼の手配で和菓子屋さんなどをめぐった。午後遅い時間になると、葬儀の決済関係の問い合わせなどに対処。お袋さまの退院のために新規に購入したベッドのキャスターが故障したので販売元に電話して修理を依頼。『このベットにお袋さまが寝たの三晩だけだったナ・・』。束の間の退院で戻ってきたお袋さまが「ウチはいいヨ。お父さんの写真もあるしネ・・」寝ながらおやじ殿の遺影をながめてポツリと呟いたのは帰ってきた最初の晩だったろうか・・・12年前のおやじ殿の葬儀は大雪で、戒名に「雪林」という文字が入った。お袋さまが帰ってきた翌日が大雪で「退院の日が雪でなくて良かったネ」などとベッドから雪が降りてくる空を見上げて呟いていた。お袋さまの戒名には「梅雪」という文字が入った。そんなお袋さまは三晩目にはまた病院に戻ってしまったのである。『救急車を呼ぶのを嫌がったナ・・・』。誰でも救急車に乗るのは嫌である。もう帰って来れないことを十分予知していたのかもしれない。真夜中の病室に戻ったお袋さまが、世話をしてくれる看護師さんに「また戻って来ちゃったヨ」と話かけた。看護師さんも「また戻って来ちゃったネ・・」と返す。事情の分かっているベテランの看護師さんだった。夜陰に沈んだ空気が重かった。告別式から日も浅く、手空きになるとそんな思いが脳裏を巡る。弔休が明ければやることはいっぱいある。『なるようにしかならない・・・』

06年2月1日(水)冷たい雨
  今週イッパイはお袋さまの葬儀や事後の片付けのための弔休。昼ぐらいから事後処理に区役所や病院を回ろうかと思ったが、多少疲れも残っているし、雨降りのうえ恐ろしく寒い。結局お袋さまの遺影のある母屋で灯明を繋ぎながら一日を過ごしてしまった。途中、新潟のHさんに弔電のお礼の電話をした。七七日が過ぎたら新潟の雪割草の自生地でも行ってみたいものである。明日明後日で病院、区役所、銀行と回って少しずつでも手続きを進めないといけない。