12月      


05年12月31日(土)晴れ
  多かれ少なかれ誰でもそうなのだろうが大晦日は気持ちの余裕が無い。しかし、考えようによっては型にはまった私メの行動というのは楽なのかもしれない。何も考えずに定型化した家事をこなせばよいわけである。取りあえずいつもどおり早朝のノエルとチコの散歩。朝食の準備をして家族を起した。家内とセガレはおばさんの見舞いと駅デパに年末の買出し。私メはひたすら家の片付け物となった。毎年の暮とチョット違うのはおばさんの家を片付けなければいけないことである。おばさんが1月3日に病院から日帰り帰宅する予定となっている。おばさんが退院したら使う1階の部屋は主の突然の入院で何も片付いていない。暮にはそこにエアコンとベッドを設置し、午前中には弟が買ったソファーが届いた。大きなソファーでお相撲さでも座れそうである。スペースを空けないと足の踏み場が無い。おばさんに聞かないと捨てる物も捨てられず、とりあえず大物も小物も2階の使っていない部屋に運び込んだ。それでも細々したものは片付かない。自分の家の正月の準備もあるので、あとは直前に片付けることとして午前中の作業を終了。遅くなってしまったが午後は自宅の布団干しに洗濯、掃除機掛けに洗面台の掃除、玄関の洗い出し、二箇所のトイレ掃除、風呂掃除、干してあった布団を取り込み、寝床メイキング、洗車に外回りの掃き掃除、夕方になってチコとノエルの散歩、加えてミドリガメのカメ吉の水槽の水替えをこなした。夕方5時近くに家内とセガレの買出し終了電話を受けて車でお迎え。その足で少し走った和菓子屋さんでお年賀の買い物。帰宅後、洗濯物を取り込み、おばさんの家の布団カバーとカーテンも洗濯してあったので、これをセットしに再びおばさん宅へ。戻ってくると家内が年越しソバのために天プラを揚げたので私メがソバを茹でて食事のセッティング。食後は紅白など横目に見ながらついウトウトとしてしまった。ソウコウして忙しい大晦日も終った。新年を迎える心構えが例年よりも希薄。あまりにも継続懸案事項が多いせいか・・・

05年12月30日(金)晴れ
  ようやく仕事納め。会社は就業時刻どおり。年末は31日だけが休みなので、ただでさえ正月の準備が忙しいのに今年は準備が完全に滞った。それでも一夜飾りを避けて朝暗いうちに松飾り、帰宅してから神棚の掃除やしめ縄の付け替え、玄関飾りに弓破魔など手分けして飾りつけた。今年は家の掃除はまったくできず。年賀状もゼンゼン書けなかった。仕方の無いことだが家族が入院していると時間のヤリクリが逼迫する。経過がよければいいのだが、あまり思わしくないとなると、気持ちの切替にも支障を来たす。来年はいい年でありますように、カシコミカシコミ申す〜

05年12月29日(木)晴れ
  今日を含めて今年の仕事もあと2日。大した作業量ではないものの期限付きの仕事が多発。備忘録としてのメモ書きで机がイッパイになってしまった。それでも帰宅は夜7時半。食事をして8時半から9時半まで病院に詰めた。やはりおばさんの正月の帰宅は日帰りが精一杯。年末年始を病院で過ごさなければならないおばさんのために、病院に長時間詰めて相手をしてあげる必要がありそうだ。

05年12月28日(水)晴れ
  今日は午後2時におばさんの入院先の病院に介護認定の調査員さんが来ることになっていた。会社で午後半日休暇をもらい昼食抜きで駆けつけた。休暇がもらえなかったり遅れた場合のことを考えてタマタマ休みだという弟夫婦に立会いを頼んでいた。なんとか2時チョウドに到着。ソモソモこうした介護認定の手続きをすること自体が始めての経験である。調査員さんは病室で30分程度おばさん本人から容態を聴取した後、私メと聴取内容の確認を行い、さらに病院側に内容を確認して終った。調査結果は審査会に掛けられ、2ヶ月後くらいに要介護のランクが決まる。そのあとランクに割り当てられたポイントをもとにケアマネージャさんが介護計画を策定するといった段取りである。おばさんが正月に家に帰れるか否か、気をもんでいたが、禁食を条件に外出許可は降りるという。しかし、禁食のうえ宿泊不可となると寂しい帰宅とならざるをえない。マア、2ヶ月を超える入院生活の気分転換ということで精一杯尽くしてあげるしかない。朝、散水ホースの凍結は無く、水遣りができた。しかし会社に出るころには道に撒いた水は凍り付いていた。

05年12月27日(火)晴れ
  今日も昨日と同じコースで東京の職場からみなとみらいの本社へ移動。帰宅後は食事を済ませて夜8時過ぎから9時過ぎまでおばさんの病院に詰めた。おばさんも病院生活が2ヶ月近くとなり、正月には帰りたいと言っているが微妙なところである。一時帰宅の可能性はあるが、退院にはマダマダ時間がかかりそうだ。朝が冷え込み、棚の水遣りができない。どこまで乾燥に耐えられるか・・・

05年12月26日(月)晴れ
  9日ぶりの出勤。冷たい木枯らしの吹き荒れる一日であった。午後に東京の職場からみなとみらいの本社に移動。こんな寒い日はあまり外に出たくないものである。帰宅後、食事をして家族3人でおばさんの見舞い。3人部屋の他の患者さんは皆退院して、部屋にはおばさん一人になっていた。見舞い客の無いときなどはズッと一人でいるわけだが、病気の不安をかかえて滅入ることだろう。おばさんの気持ちを考えるとヤルセナイものがある。夜9時を回って家に戻った。風呂に入るとあとは寝るだけ。気持ちの切替が難しく、年賀状を書く元気が無い。

05年12月25日(日)晴れ遂に連続休暇最終日
  夕方のおばさんの見舞いを除けば一日中家に居ることができた。何にしても出かけると最低半日は時間を食われる。朝夕のノエルとチコの散歩、家内が家を空けていたので昼に近所のソバ屋さんに昼食に出たこと以外は家で片付け物の作業をしていた。そのほとんどがおばさんの庭の片付け作業である。植え替えシーズンは忙しくてナカナカ庭の手入れまでは手が回らず、「家のことは何もしない」とヒンシュクを買っていたが、やらないわけではない。お盆前と正月前には必ず庭作業をしている。しかし、おばさんの入院騒ぎもあっては今年は全ての作業が滞っている。年賀状さえまだ書いていない。我が家のエリアといえば家の内といわず外といわず荒れ放題である。次の休みは大晦日だからモウ手遅れだ。このまま正月を迎えるしかない。新潟の「花工房ほんま」さんから今年も雪割草のカタログが届いた。趣向を凝らした編修で楽しめる。今年も新花の写真は垂涎物で、是非実物を見てみたいものである。夕方、庭仕事を終えて家に入ろうとすると、外から車が入ってくる気配。Jさんである。共同購入をお願いしていたさくらそうが届いたとのことでワザワザ届けてくれたのである。恐縮至極。銘は「雪美人」と「花行脚」。31日から1月3日までの短い正月休みだがさくらそうの植え替えができればと思う。今年は赤玉と腐葉土中心の植え込みにしてみようと昨日ホームセンターで用土を調達してきて、取りあえず準備はできているのだが、サテどうなることやら・・

上記「花工房ほんま」さんのカタログがご入用の方は下記までお問い合わせlください。

TEL 0256(72)7761
FAX 0256(72)7782
IPフォン 050−3437−0056
住所 〒953−0023 新潟県新潟市竹野町弘法清水「花工房ほんま」宛
e−mail : info@yukiwarisou-net.com

05年12月24日(土)晴れ連続休暇8日目
  今日も忙しい。が、焦ってみても出来ることは限られている。少し開き直り。早朝のノエルとチコの散歩も6時くらいからだった。いつもよりは2時間近く遅い。マア、昨晩寝たのが2時近かったので当然と言えば当然。朝食も8時を目処に準備して家族を起した。食事中に家内曰く「おとうさん、インフルエンザの予防注射はどうするの?」家内は10日ほど前に摂取済みなのである。私メ『ウッ・・気がついたか・・』「え〜ッ!!注射って痛いんだよナ〜?」あたりまえである。できれば避けたいが今年はインフルエンザの猛威の話もあるし、特に今の時期は会社の事情、家庭の事情を鑑みても風邪は引けない。午前中は街のコーヒー店に出掛けて雑誌の挿絵の下描きの予定だったので、行きがけに近所の診療所に寄った。ところが、土曜日の診療は午後が休みのみのせいもあって10人以上が待っていた。『これじゃ、時間を食われて下絵描きの目的が果たせないナ・・』家へ電話「混雑してるから、今日の予防注射は見合わせるワ」。電話するほどのこともない。下絵描きは1時間と少しで終った。家内が早朝割引のスーパーマーケットに買い物に出てくるというので、待ち合わせてお茶なんどしようと思っていたのだが、家に電話をしてみると出てくるにはもう少しかかるという。私メ「それジャ、インフルエンザの予防注射を待ってみるワ」ということで、11時40分ころ再び診療所を訪ねた。『ゲッ!!』あとで数えてみるとそれほど広くない診療所の待合室は30人からの人で混雑していた。『ショウガナイ・・ここで諦めても時間が中途半端だし、予防注射は別扱いかもしれないナ・・』結局、摂取が終ったのは12時半となった。午後は午後で花屋やホームセンター、クリスマスケーキの受け取りとおばさんの見舞いなどに動かなければならない。結局、家内とのお茶の時間は跳ばして、急ぎ昼食を摂って車で出掛けた。年末の土曜日は車が多い。ヤキモキしながら用事を済ませ、クリスマスケーキのブッシュ・ド・ノエルを受け取り、おばさんの病院に着いたのが午後6時。それから1時間半ほど話の相手をして帰宅。夜8時には宅配ピザを受け取りに行くことになっていた。取りに行くと600円ほど安くなるのである。急ぎクリスマスの夕食の準備をしてスパークリングワインで乾杯。腹いっぱいになると睡魔に襲われた。昼寝をしていないから今日も4時間半ほどの睡眠なのである。セッカクの連休なのに睡眠時間が十分に取れない(取らない?)というのも考えものだ。夜12時前にはダウン。

05年12月23日(金)晴れ連続休暇7日目
  
今日は17日の三脚のクリスマスプレゼントのお返しに家内と渋谷に出ることにしていた。渋谷で落ち合うことにして私メは朝から髪切りに出掛けた。今回は今日が私メ、明日がセガレ、明後日が家内と3人が連続して同じ髪切り屋さんに行くことになっていた。髪切りが終って渋谷に出たのが11時。家内と合流してデパートめぐりが始まった。家内へのクリスマスプレゼントがメインの目的とおもいきや、女性の買い物というのはそれだけでは終らない。結局、私メの正月用のネクタイとワイシャツ、家内の手袋、おばさんへの肩掛け、そして家内へのプレゼントはスワロフスキーのブローチとペンダントといった仕儀となった。スワロフスキーはクリスタルのカットとデザインが売りで値段も手ごろなので重宝している。ちなみに2点の合計は私メの三脚の金額を若干上回って、雪割草の中級の銘品が買える程度の金額となった。毎年のクリスマスプレゼントとしては妥当なところか。デパートからの帰宅は午後4時半。いつもより短時間で切り上げられた。その分、用事が立て込んでいる。帰宅後ノエルの散歩。夕食後、おばさんの見舞いに出掛けた。おばさんは微熱が続いていてチョット気がかり。肩掛けは喜んでもらえた。病院からの帰りは午後9時を回った。少し疲れた。何もない暮れならば年賀状を書こうかという気持ちにもなるが、「書かなければならない」という切迫感だけでナカナカ手に付かない。すでに連続休暇も7日目。片付け物や棚の世話がチットモできない。時間の造り方が下手なのか、やるべきことが多すぎて気持ちのチェンジが効かないのか・・そういえば連続休暇前の会社でも同じような状態だった。連続休暇が終れば輪をかけて忙しくなる。休みもあと2日。園芸三昧というのはとても無理そうだ。

05年12月22日(木)曇りときどき晴れ木枯らし連続休暇6日目
  今日はおばさんの家のエアコン設置工事に加えて、おばさんが家に戻った際のベッドの手配、また、夕方から山草会の役員会がありその資料作成など用事が多い。午前中からエアコンの設置準備のためにおばさんの家の片付けに入った。突然の入院だったので、おばさんの家は散乱状態。それにおばさんは昔の人なので何でも取っておく。「mottainai」というのが今年はキーワードらしいが限度というものがあるだろう。捨てないと片付かないが、入院しているおばさんの了解を取らず捨てるわけにはいかない。結局散乱した物を横に寄せるだけしかできなかった。ベッドは営業さんが来てくれたのでその場で注文。25日の日曜日には納品になるという。また物が増える。捨てないと人が住むところが無い。自分の家や庭の片付けを後回しにしてもおばさんの家の片付けに時間を割かなければならない。このままで正月を迎えるとなると、とても気分が改まるどころではない。夕方から山草会の役員会に参加。ここのところ例会にもまともに参加できず責任も果たせないので退任を申し出ていたが、今日の役員会では話が出なかった。このまま留任だろうか・・・

05年12月21日(水)晴れときどき曇り連続休暇5日目
  休暇の使い方が下手なのか、いつも忙しない。今日は入院しているおばさんの代行で朝からJAで用足し。JAのロビーで手続きを待っていると携帯が鳴った。「○○病院ですが、昨夜△□さん(おばさん)がトイレに起きた際に転倒して頭を打ちました。今は大丈夫なんで、とりあえずご連絡と思いまして・・・」とのこと。「ああ、それでは午後に様子を見に伺います。」その足で川崎大師に詣でた。これもおばさんの代行である。賽銭箱の前で手を合わせ、護摩木に「病気平癒」と書して納めた。入院しているおばさんに何かお土産はと思い探したがコレといったものは無い。達磨とか来年の干支の犬の置物はたくさんあるが、年が明けないと雰囲気が出ない。食べ物の土産はというと2日前から禁食に入っているおばさんには持って行っても仕方が無い。結局自宅用に住吉屋のくず餅を買っただけだった。昼は家の近くまで戻り所管の区役所へおばさんの介護保険の申請書を提出。家に戻るとユズを取り入れておばさんの病院へ向かった。今年は我が家のユズはナリ年で200個ほどの実をつけたのではないだろうか。入院しているおばさんに新鮮なユズを持って行くと手に取っては香りを楽しんでいる。明日は冬至ということもあり、同室で退院していく方に持たせたり、看護師さんに分けたりでケッコウ重宝しているのである。病室に入ろうとするとおばさんが車椅子に乗り、看護師さんに押されて出てきた。腹腔のカテーテルの具合の検査だという。直前に見舞いに来ていた弟の嫁さんと世間話などして待っていると、おばさんがニコニコして帰って来た。入院して初めて先生から良い方に向かっていると告げられたとのこと。今までが良い話が無かったのでホッとしたのだろう。しかし正月までに帰れるかどうかは微妙とのことであった。病院から帰るとノエルとチコを散歩に連れ出し、帰宅後夕食準備。会社から帰る家内を待って夕食を済ませて再びおばさんの病院へ。そうこうして連続休暇5日目も暮れた。おばさんが入院しているという特殊要因はあるが、忙しい日々が続く。外に出て働く者と家に居て家を護る者が居るのが古い家族の形だったのだろうが、家族が皆外に出ている家庭では帰って来て家事を分担してこなさないといけない。それでも一日中家に居るのと違ってまとまった家事ができるわけではない。ドーしても家事が置き去り傾向になる。その結果片付け物が山のようにたまり、休日はその始末に忙殺されるといった繰り返しである。マア、それも生活。なるようにしかならない。疲れてダウンするのもばからしいので出来ないことは出来ないこととして放っておくに限る・・カナ

05年12月20日(火)晴れ連続休暇4日目
  朝から憂鬱だった。胃カメラの日。それでも朝5時前にノエルの散歩に出て、6時からは朝食の準備。自分は胃カメラの検査の都合上朝食は摂れない。家内を仕事に送り出してから8時過ぎには私も家を出た。胃カメラ検査は私メの勤務先の本社の診療所で受ける。本社のある「みなとみらい駅」に着いてしばらく時間があったので数枚写真撮影。冬晴れで空気が透き通っているので光と影のコントラストがキツイ。1枚目は日本丸。奥にそびえるのは地下に「みなとみらい駅」を持つクイーンズスクウェア。胃カメラの検査は9時半からであった。最初に胃の粘膜を落とすという薬を飲む。続いてノドをマヒさせる液体を5分間ずつ2回口に含む。そして麻酔注射。頭がクラ〜ッとして意識が朦朧となる。この間に胃カメラ撮影は進む。終ってから頭がクラクラしている状態で先生の説明を聞く。先生「問題ないですネ。綺麗なものです。」私メ「ほ〜でふカ〜あひがとうございまフ○▲□×〜」マヒしている。いずれにしても一ヶ月余り気になっていた胃の痛みは神経から来るものだったということで一件落着か・・・麻酔が引くまでしばらくお休みして品川に向かった。先般頼んでおいた須磨佳津江さんのサイン入り本を受け取るためである。題名は「心に花を咲かせて」という。須磨さんがめぐりあった12人の園芸人との交流を綴ったエッセイである。本来ならば雪割草の会の忘年会で受け渡しされる予定だったのだが私が参加できなかったので、参加したS氏に受け取りを頼んでいたものである。首尾よくS氏と合流して本を受け取り、しばしお昼のティータイム。S氏は仕事なので10分ほどで分かれた。麻酔のカッタルさか、はたまた寒さによる凝りのせいか、あまりにダルいので帰宅途中にマッサージ屋さんに寄ってしまった。家に着いたのは2時半。そこからおばさんの病院に併設されたケアセンターに出向き、介護保険の認定手続きについて照会。その後おばさんの病室で話し相手を1時間余り勤めて帰宅。チコとノエルの散歩に出ようとするとホームページに遊びに来てくれるJさんから電話が入った。Jさん「さくらそうのカタログをこれから自転車でお届けしますヨ」とのこと。恐縮至極。散歩先の公園で落ち合いしばし園芸談義。『さくらそうもいいよナ〜』しかし手が回らないのも確かである。厳選最低限の種類の共同注文をJさんにお願いした。


2枚目はランドマークタワー

05年12月19日(月)晴れ連続休暇3日目
  夜は4時間半しか眠れないようだ。休日であれば日中の昼寝、平日であれば会社への往復の電車でうたた寝で睡眠時間を稼ぐしかない。ということで、今朝は4時に起きてノエルを散歩に連れ出し、朝食の準備をして家族を送り出してから1時間半ほど昼寝をした。計6時間の睡眠ができればそんなに体調は悪くない。10時近くになって起き出し、布団干しに洗濯。自転車で街に出かけて銀行と郵便局で用足し。ドトールコーヒーに入って、おばさんの介護保険給付のための書類書き。一旦家に帰って、今度は車でおばさんの病院に出掛けた。午後2時ころから4時近くまでおばさんの話の相手をして夕暮れが近づいたころに帰宅。急いで寝室他に掃除機を掛け、干してあった布団を取り込んで寝床メイキング。街のスーパーまでシラタキを買いに行き、夕食の肉じゃがの下ごしらえ。ノエルとチコの散歩に出かけ、帰ってくると夕食の支度に取り掛かった。今日のメニューはブリの照り焼きと肉じゃが。家内の帰りを待って、セガレと二人で再びおばさんの病院へ。昼に頼まれていた冬至用のユズを届けるためである。雪割草を覆っていた寒冷紗を取り除き雪割草に水遣り。写真は「昼夜錦」のツボミ。


05年12月18日(日)晴れ連続休暇2日目

  大寒波2日目。外に出ることさえ躊躇するほど寒い。しかし、連続休暇を無駄にはできない。朝4時前から起きてノエルの散歩に出かけ、6時過ぎには車を出して一路御殿場へ向かった。前日まで静岡か埼玉かと悩んでいたが、(雪割草の)花の無いこの時期、見られるとすれば葉芸品だろうと静岡に決めた。静岡の雪割草屋さんというのは「岳東華美(がくとうはなび)」さんと言い、以前からHPに遊びに来てくれる冨山のYさんの「日本一の葉芸品屋さんです。」という弁と、私メ自身も3年ほど前に御殿場のHさんに連れられて訪れたことのあるお店で、確かにそのとき多くの葉芸品を目の当たりにしていたことが決定要因となった。日曜日の早朝なので一般道は混まないだろうということで、東名高速を使わず国道246号線を走って8時半御殿場着。郊外レストランで朝食を済ませて、レストランからさほど遠くないHさんのお宅に立寄った。Hさんには以前からお世話になっており、年末のご挨拶である。突然の訪問にもかかわらず歓待していただき、小一時間世間話。出掛けにはお土産までいただき、またお世話になってしまった。オキナワチドリ丸葉肉厚純白花の個体で、Hさんが「りき丸」と命名されてものである。「岳東華美」さんを訪れたのは雪割草の葉芸品が目的だったのだが、店主曰く「葉芸品は今の時期は鑑賞できるものは無いナ。」との弁。それでも私メのリクエストに応えていろいろと紹介してただいた。紹介していただくものの他にも棚に並ぶ花物の株分け品に食指が動き、掘り出し物を探していた。ここで事件勃発!!とういほどのことでもないが、不調の胃が痛み始めたのである。今までに無い痛みで、『このまま直らなかったらまずいナ・・』と油小汗。そのうち1つの鉢が目に留まった。「昼夜錦!!」。昔から1鉢欲しいナと思っていた銘品である。花容は裏赤表白の花弁を持つ標準の美花。少し元気になった。結局この一鉢を持って「岳東華美」さんをあとにした。国道246から箱根山方面に折れて箱根山への登り口に程近い「二岡フーズ」に立寄った。お土産とお使い物にボロニアソーセージを2本購入。少し時間があったのでセッカクだから立ち寄り湯でもと探したが手ごろな施設が無く、東名高速の御殿場ICから帰途についた。帰りは混雑することも無く順調にランドクルーズ。横浜青葉ICで下りたが、立ち寄り湯の思い断ちがたく、我が家に程近く以前から気になっていた銭湯に寄った。入湯料大人400円。値段的には標準的な銭湯である。しかし超音波バスやサウナ、薬湯に打たせ湯など8種類ほどのバリエーションのある銭湯で、湯殿に小1時間、湯冷めに注意して休憩スペースで小1時間ほど過ごしてから銭湯を後にした。その後、家の駅近くの家電量販店で家族と合流し、入院しているおばさんの退院後のためにエアコンを手配。食事をして家に帰りついたのは夜8時過ぎとなった。中味の濃い一日には違いはないが、胃の痛みが影を落とした。20日は胃カメラ。

「富士山への道」 Hさん宅への途中で撮影

05年12月17日(土)晴れ連続休暇1日目
  朝から冷え込んだ。大寒波が来ているとのことで日本海側は大雪トカ。関東は乾燥した気温の低い冬晴れ。連続休暇初日で気持ちに若干余裕が出来た。早朝からノエルとチコの散歩に出掛けて、帰宅後は暫くパソコンに向かってメールを書いたり知人のサイトを訪ねたり。休日だと家の中の掃除やら庭の片付けやら、いくらでも仕事はあるわけだが連続休暇の初日から動く気になれない。家内とセガレが買い物の出るというので自分も途中から便乗することにした。正午に銀座四丁目の三愛ビルの前で待ち合わせた。合流して写真機材の店をハシゴ。私へのクリスマスプレゼントにカメラの三脚を買ってくれるという。2,3ヶ月前にEOSを買ったのだが三脚が無かったのである。セガレはその道の学校に行っているので詳しいのだが写真機材の(値段の)高さに改めて驚愕。なんとかセール品を見つけて購入。それでも中ランクの銘品の雪割草が買えるくらいの金額になってしまった。店を出て西銀座デパートの宝くじ売り場の長蛇の列を横目にマリオンから地下に入り、日比谷駅から神保町まで地下鉄に乗った。ここで事件勃発。神保町の駅で降りたセガレが叫んだ「カメラが無い!!」。セガレが持ち歩いていたカメラが無いのである。どこかに忘れたらしい。「駅員さんに連絡して日比谷の駅を見てもらえ!!」即座に指示を出した。カメラはセガレのメシのタネになる道具であるのに忘れるとはナンタルこと!!。私のEOSの4,5倍はするデジカメである。まだローンさえ払っていない。憂鬱な気分で待っていると「日比谷の駅で見つかった。」との知らせに安堵。受け取りに戻ったセガレはその後ボコボコ。神保町の「さぼうる」で遅い昼食。3人ともスパゲッティナポリタンだった。その後古本屋街の裏通りの「すずらん通り」の楽器店で家内の二胡のためにハードケースを予約注文。今までがソフトケースだったので混雑した電車などに持ち込むのが不安だったのである。店を出てタキイ東京営業所を覗き神保町の駅へ。神保町から再び地下鉄で渋谷に出た。歩いているとデパートの貴金属店の前に人だかり。『何があるんだ?取りあえず覗いてみよう・・』。野次馬根性である。有名人がイベントに来るらしい。だんだん人だかりの輪が大きくなって店の前が通行できなくなるころ現れた。『?』。「カメラはご遠慮ください〜ッ!!」スタッフの声が飛ぶ。野次馬の女性から「可愛いい〜ッ!!」との歓声。若い女性である。確かに一般人ではない。小顔で背が高く、家内曰く「足なんかこんなに細いヨ!!」。後で分かったのだが某雑誌の表紙を飾るモデルさんで「エビちゃん」と呼ばれる女性とのこと。そういえば数日前にテレビで見たことがある。おじさんは(りーちのこと)帰宅後インターネットで検索。喧騒をあとにしてデパートでお歳暮の手配。そぞろ歩きでクリスタルアクセサリーのスワロフスキーを覗き、家内へのクリスマスプレゼントのお返しのメボシを付けて帰路についた。夜は例によっておばさんを見舞って連続休暇初日が暮れた。そこそこ疲れた。

05年12月16日(金)晴れ
  仕事も一段落して、本日で一区切り。身の回りを片付けて連続休暇の準備に入った。休暇とは言うもののおばさんの退院がおぼつかないこともあり、病院通いが続きそうである。退院後のケアの準備で介護センターに認定手続きの相談に行かなければならないし、自分自身の胃カメラの検査もある。山野草会の委員会の開催もあって、用事が虫食いのように休暇を埋める。マア、自分の年代はそんな時期なのかナなどといつものクセで無理やり自分を納得させようとする。忙しいけれど1日くらいは雪割草屋さんに詣でてみたいものである。

05年12月15日(木)晴れ
  帰宅後、病院へおばさんのお見舞い。時間的な余裕が無い。忙しい割には充実感が無い。

05年12月14日(水)晴れ
  外が凍り始めた。湿度が低い。フレーム無しに雪割草の冬越しをさせるには難儀な季節である。朝7時には出勤するので水撒きは暗いうちにするしかない。散水ホースが凍りつかないようにカバーをかけた。水を撒くと凍る。日の出のスピードと凍るスピードの競争である。冬の水遣りは日が高くなってからやりたいものだが、サラリーマンには難しいものがある。

05年12月13日(火)晴れ
  今日のおばさんのお見舞いは私メが当番。後夕方7時過ぎに帰宅して、そのまま病院へ。山の上にある病院で、暗くて急な坂道を登って約10分で着く。入院が長引きそうだとおばさんの談。しばし世間話をして病院をあとのにした。夜8時半をまわって帰宅。ノエルを散歩に連れ出して、帰ってくるとご飯を炊き、味噌汁を作って家内の帰りを待った。おかずは家内担当である。新潟から18年開花見込みの雪割草苗到着。一番グレードの高いものは「赤鬼交配」。

05年12月12日(月)曇り
  今日も寒い。朝4時起き。昨日は疲れて夜11時前にバッタリ就寝しても、ジックリ眠れないのである。やはり今日も日中は寝不足。明日の朝も冷え込むというので、棚に寒冷紗を掛けてまわった。一まとめに雪割草を管理できるフレームが欲しい。今日は家内が帰宅後にセガレと連れ立っておばさんのお見舞いに出掛けたので、私メが帰ってきて夕食の準備。簡単に冷凍食品のコロッケとメンチを揚げて夕食とした。

05年12月11日(日)曇り
  冷え込んだ曇りの日曜日。外仕事は昨日伐採した竹やミカンのフトコロ枝をゴミ出し用にくくるのが精一杯だった。午前中はおばさんの生まれ育った実家に代行で年末のご挨拶。その足で家内とお茶に行った。場所は鷺沼のビゴの店。「ブシェット」と言ったろうか、クリスマスも近いので木の切り株型のケーキを1つ頼んで二人でつまんだ。絶品。店の出掛けにクリスマス用のブッシュ・ド・ノエルを予約。午後はノエルをトリミングに連れて行き、夕方からはおばさんのお見舞い。睡眠不足で昼寝をしたいところだったが余裕が無かった。夜は11時前にバッタリ就寝。

05年12月10日(土)晴れ
  朝4時ごろ目を覚ますと上半身の半分だけ汗をかいていた(?)。目覚めは良かったのでそのままノエルの散歩へ。帰宅後、暖房の無い部屋でパソコンを打っていると体が冷え切ってしまい、二度寝に入った。体がなかなか温まらず難儀。再び目を覚ますと朝8時を回っていた。食事の準備に起き上がると急な目まいがして蛇行(?)。念のため葛根湯を飲んで動いた。朝食の準備、家族を起して布団干し。毎度変わらぬ休日の風景である。シーツ、枕カバーの洗濯。午前中に仏花を買いに行き、毎月恒例の墓参り。昼12時になってようやく庭を片付け始めた。考えてみると、今まで家の中にしても庭にしても私メがほとんど掃除しているのではないか。(家内には異論ありカ・・)今日は家の中は家内にまかせて、暖かいうちに外作業を進めないといけない。とにかくおばさんの庭から我が家の庭にかけて荒れ放題なのである。タイガイの休日は家の中の掃除で力尽きていて庭まで手が回らなかったと言える。おばさんの庭のキンカン、ミカン、ユズの取り入れ。今年は作が良く、ケッコウな収獲である。続いて、それぞれの果樹のフトコロ枝の伐採。はびこっている竹の伐採。伐採した枝をゴミ出し用に細かく刻んだ。午後2時近くになり家内が準備した力うどん風雑煮で昼食。一休みしてパソコンを打っていると新潟から携帯に電話が入った。先ほど先方の携帯に電話を入れた際には通じなかったのだが、「着信あり」に返事をくれたものである。しばし雪割草談議。18年開花予定の雪割草の交配苗を送ってもらうことになった。午後も3時を過ぎるとだいぶ陽も傾いてきていた。ジャンパーを着込んで外作業にキリつけた。さて家の中はと思いきや、あまり作業は進んでいない。結局、私メが掃除機掛け、布団の取り入れと寝床メイキングをこなした。夕闇がだいぶ濃くなってからチコとノエルの散歩に行き、帰宅後、夕方6時過ぎにおばさんの病院へ。今日は雪割草関係の忘年会と山野草関係の例会が夕方の同じ時間帯に開催されていた。事前に両方とも参加できない旨は連絡してあったのだが一抹の寂しさは禁じえない。今の家の状況からすると長時間、家を空けることが難しい。無理して参加したとしても気ぜわしくて楽しめないかナ・・まだまだ暫くはこの手の催し物には参加できそうもない。

本日の収獲 万両の実を添えて おばさんへのお見舞い

05年12月9日(金)晴れ
  職場の係り替えで私メのセクションから女性が一人抜かれた。また人が少なくなって私メの仕事を引き継ぐ人間が居なくなった。一時期はリストラの嵐で明日をも知れぬ身の上だったが変わったものだ・・それならそれで出向が先延ばしになったということで喜ばしいことなのかもしれないが、最近寝不足の影響を無視できない年齢になってきて、体力知力ともに低下しているのは否めない。寝不足は禁物・・・

05年12月8日(木)晴れ
  愚痴『まったく・・・人ごとだと思って軽く言うんだから・・』『快気祝いの旅行に行きたくないのかって?・・行きたくないわけないじゃないか。』『誰の都合がいいって?私の都合はどうなるんだ?』。会社じゃ休むなと言われ、家じゃ休めと言われる。そりゃ一生のうちで会社に居る時間よりも家族と居る時間の方が多分長いのだから家族中心で動きたいのはやまやまだ。でも会社の命令に逆らってまで休めるか?休んだあとどうやって出勤して取り繕うんだ。まったく・・あちらを立てればこちらが立たず・・昔から人に合わせることが習慣になっている自分だから、たまに合わせられないと非難ゴウゴウ。マア、それはそれ。まだ決まったことじゃないし、成るようにしか成らない。今日は振替休日。今週は完全に飛び石連休になってしまい、休みはそれなりに楽は楽なのだが、期限のある仕事が滞っている。労務管理が徹底しているので休日返上というわけにもいかない。これも成るようにしか成らない。少し寝過ごして、朝6時近くに目を覚ました。家内は出勤するので、急いで朝食の準備。家内が出勤したあとノエルとチコの散歩。それから車を出して入院しているおばさんに頼まれていた爪切りを届けた。その足で小一時間車を飛ばし、雪割草の大先輩のお声掛かりの昼食会に参加させていただいた。帰宅後は例によって夕食の準備。今日はメカジキのテリヤキと肉ジャガとした。ついでに米の研ぎ汁で大根を煮込み、翌日の夕食用のおでんの下ごしらえ。それからノエルとチコの散歩に出かけ、帰宅後、家内の帰りを待って再び病院ヘ。病院には7時前に到着しているのに、帰るキッカケがつかめず、病院を出たのは消灯が近い夜9時をまわっていた。帰宅後急いで夕食の支度をして食べ終わるとモウ10時である。疲れる毎日だ。

05年12月7日(水)晴れ
  睡眠不足は万病の素・・カナ。胃の具合が思わしくなく、20日に胃カメラを申し込んである。何も無ければよいのだが・・・おかしなもので、身のまわりに病人が居ると自分まで同じ症状を呈するのである。神経が細いのかナ・・ナンテ軽く溜息。身の周りが安定している時期には山野草関係でアチコチ足を突っ込んでいるのだが、リストラ騒ぎや今回のようなおばさんの入院騒動が勃発すると立ち行かなくなる。ケジメを付けてキッパリと足を洗えばよいのだが、ナンセ好きなことなのでナカナカ思い切れない。それで、事情を話して配慮を請うのだが、事情を話すということは泣きを入れるということである。それが自分の社会へのかかわり方として良いのか悪いのか・・結果的に出来ないことは出来ないのであり、事情など話さずに身を引くのが良いのかナなんて思うこともある。「情に竿させば流される。筋を通せば角が立つ。とかくこの世は住み難い。」だったかナ・・。

05年12月6日(火)晴れ
  先週休日出勤をした代わりの休日。午前中におばさんが入院している病院に併設されている介護センターに行った。おばさんの退院後の生活についての相談である。前日にアポイントを取っていたのだが、事務所に顔を出すと「ここは病院の事務所で、ホスピスの関係です。介護のことでしたらここではありません。」とのこと。奥の事務所ではないかと紹介されて、そちらを訪ねてみると「ここは訪問看護のセクションですので、ここではありません。」とのこと。またまた紹介されて同じ建物にある別の事務所を訪ねてみると、ようやく行き当たった。その事務所というのは、訪問介護などのもろもろの介護サービスを提供するセクションとのこと。介護保険の制度ができてから様々な関連事業が発生して、探せばありとあらゆるサ−ビスを提供してくれる。問題は介護認定でランクがどうなるかで、費用負担が大きく変わる。今はおばんさんの問題だがそう遠くない将来に自分達にもふりかかってくる問題である。小一時間で相談を終え、その足でホームセンターへ向かった。キッチンタオル、ドッグフード、蛍光灯、電球、波板、サッシのロックなど買い込んでホームセンターを後にした。帰る途中でおばさの病院前のプクプク亭で昼食。注文はソースカツドンだった。食後、おばさんの病室に寄り、御用聞き。虫眼鏡を持ってきて欲しいとの依頼を聞いて帰宅。切れかかった蛍光灯の交換やサッシのロックを取り付け作業終え、家内が午前中半日の勤めで帰ってくるのを待って再び病院へ出向いた。午後3時からおばさんが退院した後の食事の栄養指導があるのである。小一時間講習を受けて、その後はおばさんの病室に詰めた。帰宅は夜8時を回った。結局今日は休みと言いながら延べ6時間近くは病院に居たことになる。園芸作業としては水遣り程度。

プクプク亭俯瞰図 車の止まっている赤い屋根の建物

05年12月5日(月)晴れ
  昨晩から冷え込んだ。ノエルやチコに起されて万年寝不足のうえに、起き抜けに散歩に出るのは体調を崩す。一日中左腕の血行障害のような痛みに悩まされた。脱力感が伴うので風邪を引く初期段階なのだろう。風邪は引き始めが肝心肝心。来年の年賀状は戌年にちなんでノエルとチコのシールを貼ることとした。二匹ともあまりジッとしていないので良い写真が無い。しかし無いからといって計画倒れに終るのも惜しいので、会社の昼休みに写真シールを注文しに写真屋さんを何件かまわった。印画紙のものだと出来上がりに5日から一週間かかるということだったが、インクジェットタイプだと1日で出来上がるという。それに安い。最近はインクジェットタイプの印刷でも良くなってきているので、試しにノエルとチコの1セットずつを注文して、出来が良ければ追加注文することとした。園芸作業は特になし。


ウ〜ンッ、この写真は使えないナ・・

05年12月4日(日)曇りのち雨
  休日出勤の日曜日。朝、ノエルとチコを散歩に連れ出そうとしたらチコが居ない。ナント!!チコ!!ゴメン!!昨夜寝る前に用足しに外に出したまま、家の中に入れるのを忘れてしまったのである。玄関を開けると勢い良く飛び込んできてサッサと二階の寝床に駆け上がってしまった。ノエルだけの散歩から帰り、朝食の準備をして家族を起した。出勤しようとしてビックリ!!チコか夜中に寝床を探して、植え替えた雪割草の鉢が並べてあるガレージに侵入したようなのだ。大切にしてあった雪割草の鉢植えがひっくり返っているし、ポット苗が踏み荒らされている。仕方なく応急で用土を足して水を遣り出勤した。一晩締め出しを食ったチコには気の毒だし、15歳を半年も過ぎてだいぶ意識が混濁しはじめているのは分かっているのだが、雪割草の鉢がひっくり返されたのは理性で片付く問題ではない。一日気分が悪かった。

05年12月3日(土)曇りときどき晴れ朝方アラレ
  朝、ノエルの散歩に出ると暗い夜道が湿っていた。雨は降っていなかったので傘は持たずに出掛けたが、途中で通り沿いの民家の屋根を打つ雨音。妙に大きな音だったので大粒の雨かと思いきや、暗い道の上で丸くて白い粒が飛び跳ね始めた。アラレである。空からの冬の使者かナ・・・散歩から帰って、しばらくパソコンを打ったものの昨晩寝た時刻が遅かったので持ちこたえられず、二度寝に入った。起きたのは朝8:00。食事の支度をして家族を起こし、布団干しとシーツ、枕カバー他の洗濯。朝食後、家族を用足しに送り出し、隣のおばさんの家の庭を片付け始めた。とても一日では片付かない状態だったので、とりあえずキウイ棚の枝打ち。ついでにキウイを取り入れ。その他、ミカン、キンカン、ユズなども実を着けていたので、少しずつ収獲。これにナンテンの赤い実を添えておばさんのお見舞いに行くことにした。食べてもらうためではなく今年の収獲の報告と、飾りとしての果物である。お見舞いに出かける前に家の中の掃除機掛け、布団の取り込み、寝床メイキング。車で出かけて病院前のプクプク亭で昼食。病室に入るとおばさんは眠っていた。お見舞いの花が枯れて空になった籐籠を使って果物を盛っているとおばさんが目を覚ました。ミカン、ユズ、キンカン、キウイにナンテンの盛り込みは色合いの鮮やかさが気に行ってもらえたようだ。小一時間、おばさんの肩モミや、まだよく動かない体の移動を手伝って帰宅。庭と家の中のやり残した掃除をこなした。夕方からノエルとチコの散歩に出かけ、帰ってくると家族の帰宅を待って、再びおばさんの病院へ。ここでも1時間半ほど居て帰宅。ちなみに、遅い時間の帰宅となったので、再びプクプク亭で夕食。私は昼に続いて二度目である。さすが胸焼け。ちなみに、昼はメンチカツランチ、夜はカツカレーだった。園芸作業は特になし。新潟の知人二人とメールのやりとり。新潟も雪が訪れたという。

05年12月2日(金)曇り夕方雨
  会社から帰って、入院しているおばさんの世話に行った。夜8時前から病室に詰めて、9時過ぎに病院をあとにした。帰宅してから夕食の準備をしなければならないが、家内も私メも一度座るとなかなか腰が重くて立ち上がれない。ようやく仕事と病院通いの一週間が終ってホッとして疲れが出た。私メ等も介護世代に入ってきたということなのだろう。介護する方される方。自分達の20年後30年後がかぶさる。意を決して立ち上がり、有り合わせの食材でスキヤキ風鍋を作った。肉がスキヤキ用ではなく焼肉用なのでスキヤキ風である。園芸作業は朝の水遣り程度。

05年12月1日(木)晴れ
  会社帰りに以前から申し込んであったサーカスのコンサートに行ってきました。前半と後半の二部構成で、前半はサーカスの得意とするところのハーモニーをジックリ聞かせてくれて、後半は昭和30年代からのコマーシャルソングのメドレーでした。合い間にトークを交えて久々に笑ったり、目頭が熱くなったりの楽しいコンサートでした。珠玉は多く有りますが強いてあげれば「ジュピター」でしょうか。兄弟3人の声質というのは同系統だと思うのですが次男の奥さんの原順子さんの声質というのがチョット変わっていて、コーラスにメリハリがついているのかナなんて思いました。サーカスのメンバーもそれがよく分かっているのか、順子さんの歌声を要所要所に取り入れた演出で2時間あまりがアッと言う間に過ぎてしまいました。トークで言っていましたが、サーカスもデビューから28年が経ち、4人の年齢の合計が202歳になったと言っていました。私メらと同じ世代ということができるでしょうか。そうそう、麻倉未稀さんが開演前のロビーに居ました。ありがちな話なんでしょうが、ミュージッシャンのコンサートに別のミュージッシャンが観客として鑑賞に来てるんですネ写真はコンサートがはけた会場の入口です。